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五十億の死、幾万の骸

 骸、骸、骸。
銀の骸、緋の骸、緑の骸、桃の骸、灰の骸。
おおよそ、黎明期のAIによって描画されたような、統一感のない色彩が散りばめられた一面の亡骸で埋まった大地を、透き渡る青空が無感情に見下ろしている。

 これらは過去の残滓であり、容易には消えることのない、この世界に刻まれた災厄の痕であった。そんな骸の畑の真ん中、エナジードリンクの缶をビルサイズに引き伸ばしたかの如き亡骸の一つの上に一組の男女。そして彼らの背後には、この場で唯一屹立する黒い像。

「20年前、五十億人が死んだ。当時の人口のおよそ半分」

 パッションピンクのショートヘアをゆるくウェーブにし、白衣を羽織ったアヴァンギャルドな風体の女は誰に向けてでもなく、言った。それは妄想ではなく、幻想ではなく、この世界における事実であった。彼女に頭に飾り付けられたネズミの耳めいたレーダーがくりくり動く。

「急になんだ、当たり前の話を」
「そう、当たり前。義務教育を受けた学生どころか、まっとうな教育を受ける機会がないスラムの浮浪児でも、知っているこの世界に起きた事実。世界史から消えることのない大災厄。でもおかしいと思わないかい、生徒クン?」
「俺は護衛だ。講義を受けに来たわけじゃない」

 話を振られた黒衣の男は、視線を文庫本に落としたままぶっきらぼうに返した。

「良いから聞き給えよ、ボクの講義は値千金なんだからね」
「学問を真面目にやる気があるなら、今でも学徒をやっていただろうさ」
「まったく付き合いの悪い男だ!探究の場において盛り上げるくらいの気遣いはないのかな」
「契約に含めた覚えはない」
「ボクよりも社会性を欠いた人間がこの場に割り振られるなんて、なんて不幸だ!でもいいとも、ボクはココロが広い。講義の合間に内職する様な生徒でも、ちゃんと授業するとも?」

 奔放なネコめいて自身の顔を覗き込んだ女、いや、少女の金と銀のオッドアイに対し、男はちらりと目線をやった後、興味なさげに自身の黒瞳を古ぼけたページに落とした。

「むぅ~きーけーよーぅ、不貞腐れるぞーぅ」
「契約に含まれていない」
「じゃあボクのポケットマネーから出すから!今すぐ君の契約にふくめ給え!」

 言うが早いか、少女は自身のスマホを突き出した。拝聴料とは言い難い金額が液晶におどり、男は根負けしたかのように自分のスマホを突き出した。けたたましい決済音。

「それで、俺は何を拝聴すれば?アルヴァナ・カリカ・トリオン教授殿」
「事実の確認からだ。そう、推論は事実にもとづかなければただの空想に飛び立ってしまう。名探偵もそう言っている」
「まあ、たしかに」

 男は、学問の徒らしからぬ引用だと思ったが、おくびにも出さない。ツッコめば今の三倍まくし立てられるのはわかっていたからだ。

「20年前に起きた災厄によって人類の数は半減した。その為に要した時間はたった半日程度。一瞬で地球が消し飛ぶよりは気長だが、かのロボットアニメの戦争よりは格段にはやいといえるだろう。ここまでいいかな?」
「ああ」
「もっとも、ボクが産まれるだいぶ前の話なんだけど。キミは多分、その前の産まれだよね」
「そうだが」
「率直に言って、どうだったかな?当時は」

 少々、デリカシーを欠いた質問だと思ったが、その思考は投げ捨てた。事後の産まれならどんな惨事だろうとそんな物だろう、という許容があった。それから、そんな繊細な情緒が無いのはお互い様だ。

「人間、自分の処理能力を超えるとな、何も感じなくなるんだよ」
「フゥン?」
「途方もない災害が自分のすぐ隣を通り過ぎて、気がついたら何もかもめちゃくちゃに壊れているし、見知った顔を看取りさえ出来ず、もう会うことも無いと知るんだ。感情が飽和して、ふっと何も感じなくなる。それから考える暇も無いほど復興に月日を費やして、ようやく落ち着いたころにぼんやりと失った物のデカさの輪郭に触れるんだ」
「フフッ。聞いたはいいけど、ボク全然わかんないや」
「良いことだ」

 アルヴァナ教授は、踵を返すと上機嫌に鼻歌を歌いながら足元の巨大な空き缶めいた骸に注意を凝らす。白衣がはためき、サイバーパンクめいた私服のエネルギーラインがちらつく。

「事実確認の続きをしよう。20年前、ボクら人類を半分にしたのは、今ボクらの下に転がっている連中。あってるよね?」
「俺たちの認識と物理的証拠、そろって捏造されてでもなければ、そう。事実だ」
「うん。人類の歴史上、『異世界からの侵略者が人類を虐殺した』のは後にも先にもこの一回だけ。20年前までは起きてなかったし、それ以降も起きていない。これは、とてもおかしなことだとボクは思うんだよ」
「まあ、確かに」

 事実、よその世界から侵略者がやってきて何の告知もなしに現地生命体を殺戮していったなど、荒唐無稽で、ほら話としてすら扱われるか怪しい。だが、彼らにとってそれは事実であり、歴史であり、現実だった。今から20年前、当時の人類は半分になったのだ。そしてゼロにならなかったにも当然、理由がある。

「でも、もっとおかしいのはその後」
「まあな」
「光輝く神様がどこからかやってきて侵略者を駆逐しました……なんてもうちょっとこう、なんかあるんじゃない?」
「往年の特撮ファンに怒られるぞ」
「むーぅ。まあ、良いけど。彼、彼?が来なかったらボクなんて産まれてもいないわけだし。神様でも悪魔でも異星人でも異世界人でも概念存在でも、ボクにとっては恩人さ。だけど……」

 教授のネズ耳がピクリとわなないた。

「何故、を知りたい。これほど無秩序にも思える集団が退去して押し寄せ、そして滅ぼされたのか。くだらないことかもしれないし、シンプルかもしれない。でも推論は推論、答えじゃないんだ」
「ご苦労なこった」
「興味ない?」
「まったく」
「あーもう!キミって男は本当のほんとうに講義のしがいのない人だな!もういい!もーいい!教務課には次回から、もっと聞き上手を選ぶように頼むから!」
「そいつはどうも」

 欲張ったハムスターよりも豊満に頬を膨らませた教授は、いじけて足元の亡骸をいじりはじめた。もっとも20年の年月を経て、いまなお微塵の劣化も見せない未知の存在は、女子供が指でいじった程度でこそげる訳でもない。

「むうー」
「採取機器は持ってこなかったのか」
「ボクの権限で持ってこれる機器じゃ、全部無駄だって事前にわかってたからね」
「だからって、指でなんとかなる訳がない」

 男は、ケージのすみでいじける小動物のような振る舞いの教授の傍らにしゃがみ込んで摘んでいた物を視界に入れた。足元のそれと同じ、エキセントリックな色合いの破片。

「それ!それだ!一体どうやったんだい?」
「企業秘密」
「いいよいいよ、目視とデータ取りがせいぜいかと思ったけどサンプルを取得できるなら話は違う、全部取ろう、全部!」
「サービスしてやりたいのは山々だが、状況が変わった」

 間髪入れず、空の米俵よりもあっさり担ぎ上げられる教授。

「ちょっと、まだ滞在時間はのこってー!」
「時間はない、契約にもとづきお前の命を優先する」
「むぎゅーっ!」

 次の瞬間、教授の視界は垂直射出娯楽装置めいて空高く舞い上がった。それが間近に鎮座していた黒い像、いな、人型機動兵器のコクピットへのアンカリングワイヤーによる跳躍動作だと気づいた頃には、彼女は土嚢のように中に放り込まれていた。

「クライアントの!扱いが!雑!」
「喋るな、舌を噛む」

 男は淀みない手さばきで機体を励起、3DARコンソールに目まぐるしい1080度量子情報が展開され、情報の渦が二人の周囲を覆う。まるで宙に浮かび上がったかのような全周囲モニターの仮想映像。眼下にはあの地平線まで続く亡骸の花畑。

「説明を要求すみゅーっ!」
「後でな」

 最大初速による殺人的な加速が教授の華奢な身体をサブシートのクッションにめり込ませた。慣性制御による緩和をもってしてさえ、その負荷はあなどれない。

 ようやく加速が収まり、埋もれたシートの中からなんとか頭を出した少女が見たのは、果てもなく大地を埋め尽くしていた亡骸の地平が、消えていく光景だった。それは緻密に描かれたサンドアートが春風に吹き散らされるように、鮮やかに、例外なく、全てを巻き込んで掻き消していった。

「うっそぉ……」
「ま、そういうことだな」
「なんで気づいたの?どうして、なんでだい?」
「直感」
「それは全然科学的でなくて、非論理的だよーっ!」
「非科学的で非合理的だろうと、生き残る方が大事だね」
「契約だからかい?」
「契約だから」
「ちぇっ。キミはシンプルでいいね」

 青空に浮かんだ球体の中、少女はまるで泡沫の夢だったかのように消え果てた亡骸の面影をもとめて、地平線を見つめた。どこまでも、死に果てた赤い地がもとからそうだったかのように続いていく。

「ねぇ、キミ。名前は?」
「何故聞く」
「ふふーん、これでもボクは恩は恩で返すタイプなんだぜ?リピしようってんだから、素直に答えたまえよキミ」
「黙秘する。契約に含まれていない」
「んーっ、もー!バーッカ!大馬鹿ヤローッ!」

【おわり】

こちらの企画への参加作品です。

現在は以下の作品を連載中!

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ロボットが出てきて戦うとか提供しているぞ!

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パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

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