マガジンのカバー画像

好きな小説

39
お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
運営しているクリエイター

#オリジナル小説

掌篇小説『喜助』

掌篇小説『喜助』

かつては駕籠。

時はすすみ人力車。

そしてクルマ。

と、私の一族を数百年、形は変れど、迎えつづける男が独り、いる。

「一族」「貴い家柄」……なんて、笑止千万。昔の話。
乱れ崩れうらぶれた果て、唯独りのこった末裔は、クラブホステスの私。

それでも、迎えはくる。
前当主の父が変死したその日、喜助は私のもとに現れた。
父とは疎遠ゆえ、他人より「○○家当主には迎えの従者が今もいる」と伝説か冗談の

もっとみる
小説:花色の忘却/全文【15085文字】

小説:花色の忘却/全文【15085文字】

春  薄くぼんやりと曇った土曜日。あっという間に散った桜が終わった途端、気温の高い日が続いている。

 私はいつものバス停で、いつも通り少しだけ早く家を出て、背中越しにピアノの音を聞いている。それは、Jの奏でる旋律。私の少し汗ばんだ背中から、痩せた背筋を抜けて、背骨の中心を通って、肋骨に響き、胸の真ん中に届く。私の情緒を落ち着かせる、静かな安寧。

 Jのピアノを初めて聴いたのは去年の春だった。バ

もっとみる