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『宇宙【そら】へ』レビュー

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『宇宙【そら】へ』

メアリ・ロビネット・コワル (著) / 酒井昭伸 (翻訳)

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時は西暦1952年。人類の技術はようやく宇宙開発のとば口にさしかかり、やっと数個の小さな人工衛星を打ち上げることができたぐらいの時代。
当然アポロ計画なんてないし、まだ有人ロケットも打ち上げられていなかったころです。
そんなある日、突然に巨大な隕石がアメリカはワシントンD.C.近海へ落下。
アメリカの首都を一瞬にして文字通り消し去り、東海岸に未曾有の被害をもたらします。

その日、ロケット技術者の夫ナサニエルと共に地方へ休暇で来ていた数学の天才であり優秀なパイロットのエルマは、大災厄をからくも生き延びます。

そして、彼女が巨大隕石の質量と地球に与えたダメージを計算したところ……。あれは、単に「米国東海岸を壊滅させた」程度のちゃちな災厄ではないことを知るのです。
数日間にわたって近海を沸騰させた水蒸気と、大気に拡散した噴出物による強烈な温室効果の結果、遠からず地球は人類の生存に適さない死の星になってしまうだろう……。と。

人類の未来を救うためには、ただ一つ、ようやく黎明期を迎えた宇宙技術を発展させ、一刻も早く宇宙へ逃げ出し、地球外に植民するしかありません。

こうして、巨大隕石をきっかけにして、宇宙開発が人類の生存をかけた緊急の大課題となったのでした。

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まず、突然の日常生活を崩壊させる隕石のインパクト。はるか遠くに落ちた隕石の衝撃が光より遅くやってくる、ラリィ・ニーブンの名作『無常の月』を彷彿とさせる導入が見事です。

そして、キャラクター。
数学の天才で、超優秀なパイロットでもあるというパーフェクト超人な主人公エルマ。まるで女性だれもが憧れるようなスーパーウーマン(その上ちょー素敵な旦那様までいる!)なのですが、過去に男性社会から受けた抑圧によって、人前に出るとパニック障害をおこしてしまうという、非常にわかりやすい(というか身につまされる)弱点も持っています。

そんな弱点をかかえながらも、男女差別はもちろんのこと、人種差別などがとても根強かったあの時代に、黒人女性の同僚らと共に、白人男性至上主義の社会からのプレッシャーをはねのけて理想を目指していく姿は痛快で胸躍るものがあります。

彼女は、まだ電子計算機が貧弱だったあの時代に、軌道計算など手動で行う計算者(コンピューター)として、IAC(国際航空宇宙機構:この物語ではNASAは作られず、国際的な機関となりました)でその頭脳を活かして働いていました。当時、コンピューターという言葉は(女性の)計算者をあらわしていたのです。男性は数学者として高い地位を得、同じ(っていうかもっと高いんじゃない?)計算能力をもった女性は、地味な計算者として単調な計算作業を強いられていたのです。

そんな計算者にしてパイロットである彼女は、当然のごとく宇宙を目指します。しかし、「女は宇宙に出られない」という謎の偏見と、危険は男性がおうものであるという男性らの身勝手なプライドにことごとく邪魔をされて、ひどく不自由な環境に追い込まれてしまいます。

それでも、肌の色や人種・立場を超えた女性どうしの友情や、旦那様の超献身的な愛情(いやほんとに、この旦那さまの献身っぷりはものすごいです。これぞ理想の旦那さまですw)の助けを借りて、数々の危機を乗り越えて、人類のため、そして自分自身のために、宇宙へ。女性宇宙飛行士(レディ・アストロノート)へと奮闘していく姿は、多くの女性の憧れであり目指したい姿そのもの。
※(巨大隕石の落ちていない)史実ではウーマンリブ運動がこの後に起こったはずで、そうした運動が起こる前の素地のようなものを彼女は体現していたのかなあと言う気もします。(物語では隕石が落ちてきてそれどころじゃなくなるわけですけどw)

また、宇宙開発の黎明期のリアルな再現は、宇宙(開発)好きにはこたえられないものがありますねw

史実では近年までずっと足踏みを続けていた宇宙開発ですが、全人類の危機によって史実を飛び越えて加速していく歴史改変世界はなかなかの見ものですw

フォン・ブラウンや、チャック・イエーガーなど、初期宇宙開発の(わたし的)ヒーローたちも実名で登場します(ちょい役ですけどw)。本来の史実ならその十数年後にあったであろうエピソードが物語に組み入れられていたりして嬉しい限りw
宇宙開発ファンもきっと納得の、女性が宇宙【そら】を目指すお話。余命いくばくもない地球に住む宇宙大好きな全女性と、ついでに全男性に読んでほしい歴史改変SFでした。

上下巻。並べると表紙(加藤直之さんですね)がかっこいいです☆

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余談①

そうそう、こういう(電子式・機械式)コンピュータ黎明期の歴史改変モノって最近流行りはじめているそうで、コンピュータにプログラムを流し込んでいた「パンチカード」にちなんで「パンチカードパンク」なんて用語がアメリカSF界では生まれているそうです。サイバーパンクやスチームパンクみたいなやつ。はたして一般化するのかは謎ですがw

余談②

著者のメアリ・ロビネット・コワルさんは、この本の世界線のお話を〈レディ・アストロノート〉シリーズとして他にも続々書かれているとのこと。今回ちょろっとでてきたフォン・ブラウンさんが次回活躍しそうな気配な伏線を感じたので、早川さんにはぜひぜひ続刊を出版してほしいなーと思うのであります。出たら即買いしますんで、ぜひ! よろしく!!☆
(というわけで、人気あるよと思ってもらうためにも、この本の売り上げアップに皆さまもご協力おねがいしますw)


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