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「料理は最終的には感情であり、食材の正確な扱いとそれに対する敬意がすべて」:Thomas Aloysius Keller の言葉の真意

料理の本質とミシュラン志向のギャップ

多くの人が高い料理の評価を求め、ミシュランやガストロノミーの頂点を目指しますが、実際には、一般的な飲食店は高級志向からは程遠い現実にあります。消費者にとって最も重要なのは、価格、味、サービスが見合っているかどうかです。一般的に、料理の価格が低ければ低いほど、顧客の満足度は高くなる傾向にあります。

この現象から、「安くて、おいしくて、ボリュームがある」という三拍子が揃った料理が、多くの人にとって理想的な「おいしい料理」と定義されることが多いです。しかし、これでは全ての飲食店が同じような料理を提供することになり、差別化が図れなくなります。したがって、飲食業界では価格帯、料理の質、サービス、雰囲気を通じて差別化を図る必要があります。


高級料理の技術と市場のニーズ

この文脈で、高級料理を専門としてきたシェフが直面する特有の課題に目を向けることが重要です。

あるシェフの経験から学ぶべき教訓があります。

彼は(著者)、自身のレシピではない料理を提供した際に顧客から「あなたの料理ではない」という不満を受けた経験があります。これは、たとえレシピに忠実に従っても、その料理が必ずしも顧客の期待に応えるとは限らないことを示しています。高級料理の技術や経験をもってしても、異なる市場や価格帯の料理に対する期待に応えることは、新たな挑戦を伴います。

これは、高級料理の技術が低価格帯の料理が交わる点において、創造的なアプローチが如何に価値を加えるかを示しています

顧客体験に大きな違い


高級料理の技術をビストロレベルに適応させること、またその逆も然り、は異なる結果を生み出します。このプロセスにおいて、高級志向を根差したスタッフが創り出す空間と、ビストロしか知りえないスタッフが提供するサービスには、微妙な違いがあり、これが顧客体験に大きな違いをもたらすことがあります。

このように、料理の世界では、異なるレベルのサービスや料理スタイル間での橋渡しに成功することが、一層の差別化と顧客満足の鍵となります。顧客が価格だけでなく、味の質、サービスのレベル、そして何よりも料理のオリジナリティを求める時代において、料理人は常に進化し続ける必要があります。

■料理の真価と食文化の深掘り

高級料理とカジュアル料理の間に橋渡しをするという課題は、多くのシェフが直面するものです。このテーマについて、有名な料理評論家、マイケル・ポランが著書『The Omnivore's Dilemma』で述べています。「本物の料理とは何か?それは単なる味の問題ではなく、どのようにしてその料理が作られるかについても問うものである。」

当時としては目新しい調理機器を見ても、それを前衛的な料理や調理法に使うという発想がぼくにはなく、それらを使い経験の浅いスタッフやパートの方でも巧拙を問わずフランス料理を再現できないか、といったことを考えていた。

フランスの厨房ではフランス料理らしいフランス料理を学び、シェフからどんな無茶振りをされても「Oui、Chef!(はい、シェフ!)」と返事をしながら頭の片隅では、これはファミレスに使えるな、このやり方では誰にでもというわけにはいかないな、なんて考えていた。
無論それぞれのお店のやり方で働いてきたけれど、どうすれば教えてもらった料理や仕事を合理的に再現できるか、といった考えは常にあったと思う。

パリのレストランで働かせてもらっていたときのこと。
そのお店は当時ミシュランの2つ星で、いわゆるガストロノミー(美食)を標榜する格式あるレストランだった。
そして道を挟んだ向かいには、同じ経営のセカンドメゾンがあった。
いわゆる高級店が出したカジュアル店で、当時3つ星や2つ星の有名オーナーシェフたちが次々とセカンドメゾンを出すのがちょっとしたブームの時代で、そんなお店の一つだった。

あっち(セカンドメゾン)の方が、将来やりたいことに近いな、と思ったぼくは本家である2つ星レストランのシェフに片言のフランス語で直談判してみた。

「シェフ、ぼくはあっちのお店で働きたい」
シェフがかなり驚かれていたのを憶えている。
このときに言われたことをすべて理解できたわけではないけれど、「なんでやねん。お前はアホか?俺らがやっているのは、ガストロノミーや。わざわざ日本からきて、なんであんなカジュアルな店に行きたがるんや、やめとけ。行かさへんから」的なことを説教され、お店を移ることはできなかった。

シェフの言われることはもっともで、料理の世界におられる方以外には伝わりづらいかもしれないけれど、フランス人はもちろんヨーロッパの人が料理人を志す以上、その最大の目標であり最高峰はミシュランの星であり、それは=ガストロノミーであることが当然のことと認識されていた。
またその絶対的な権威や価値、影響力は日本におけるそれとは比較にならないといった印象をぼくは持っている。

日本人に限らず世界中からフランスの星付きレストランを目指し修業にくる人たちは、超一流や一流の料理人になるべく高尚な志しを持ってこられているわけで、将来的には、ファミレスみたいな店を・・・なんてことを考えていたのは、恐らくぼくだけだったと思う。

フランス人の料理人であり、ミシュラン2つ星のシェフにまで登り詰め、ガストロノミーに矜持を持つ彼が、ぼくに「お前はアホか」と言われるのも至極当然のことだった。

パリの厨房で考えていたこと|西山 逸成(Itsunari Nishiyama) (note.com) 引用

新たな料理スタイルの可能性

Thomas Keller’s Kitchen "The French Laundry" with

この考えを踏まえ、高級料理の精緻さとカジュアル料理のアクセスしやすさを組み合わせた新たな料理スタイルの提案が可能です。例えば、トーマス・ケラーは彼のレストラン「The French Laundry」で、手の込んだ料理をシンプルでありながら記憶に残るものにしています。彼は「料理は最終的には感情であり、食材の正確な扱いとそれに対する敬意がすべて」と述べています。

これに触発されて、カジュアルなビストロでも、高級料理で学んだ技術や食材に対する深い理解を取り入れることも考えられます。これは顧客にとって新しい体験を提供し、さらには料理の価値を再定義する機会となります。

これは、高級レストランの手法をカジュアルな設定に応用することで、広い層の顧客に対しても質の高い料理を提供できることを示しています。 結局のところ、料理は文化や技術の融合であり、それぞれのシェフの個性と顧客の期待が交わる点で、新しい価値が生まれるのです。

シェフたちは、マーケットのニーズに敏感でありながら、自らの創造性と技術を活かして、どのように顧客に新しい体験を提供できるか常に考えるべきです。これにより、単なる食事ではなく、「記憶に残る食体験」となる料理を創出できるのです。


パリ9区のFaubourg Montmartre 通りから路地を少し入ったところにその体育館みたいなお店、シャルチエさん(Bouillon Chartier)がある。
とても有名なお店なのでご存知の方も多いかと思うけれど、それと同時に「わかるー!」という方と「えっー!」という反応の方にわかれる気がする。

パリやレストランにお皿の上(美食)を求め期待される方は、きっと後者の反応になるのではないかな・・・

こんなことを書くと叱られそうだけれど、Chartierさんは最高に楽しい時間を過ごす空間であって、美食を求める場所じゃないと、ぼくは思っている。
創業されてから1世紀を超える(120年)アール・ヌーヴォーの見事すぎる空間のお店を大衆食堂と表現するのもはばかられる気がするけれど、テーブルクロスは紙だし、グラスやお皿、カトラリーもすべて質素なものばかり。
料理も家庭料理や伝統料理などで決してエスプーマや液体窒素、塩化カルシウムやアルギン酸ナトリウムを使用したいまどきの料理がメニューに載ることもない。

何よりもその値段を考えると、本当に大衆食堂と呼ぶにふさわしいことがわかる。

日本の感覚でパリやニューヨークなどで外食をすると、それほど美味しくないものでもかなりの出費になる印象があるけれど、Chartierさんはメニューを見ていただくとわかるように驚くほど安い。
日本のファミレスと同等か、それ以下の値段だったりするのだから。

Bouillon CHARTIER|西山 逸成(Itsunari Nishiyama) (note.com) 引用

食の民主化は料理の質:指摘

一方で、「食の民主化は料理の質を下げるのではなく、むしろ多くの人々に高品質な食体験を提供するチャンスである」とも指摘されています。

結局のところ、料理は文化や技術の融合であり、それぞれのシェフの個性と顧客の期待が交わる点で、新しい価値が生まれるのです

パーフェクトな食体験の欠如(エピソード)

■その日の料理に「魂」を感じられなかった体験

 その日、私は久しぶりに「L'Étoile de Mer」を訪れました。以前にここで食べた料理の繊細さと美しさが忘れられず、特別な日のために予約を取ったのです。ジェラール・マルティノーが常に強調しているように、「料理は感情である」という理念を体験するためでした。以前の訪問では、シンプルながらも精緻に構成された料理が、見た目にも華やかで、それぞれの食材が最高の状態で提供されていました。

画像はトロワグロの料理

その日のメインディッシュは、視覚的にも完璧な盛り付けで提供された「海の幸のサラダ」でした。色鮮やかなエディブルフラワーと新鮮なハーブ、そして完璧に調理されたシーフードが組み合わさり、目にも美しい料理がテーブルに運ばれてきました。しかし、一口食べた瞬間、何かが違うことに気がつきました。前回の訪問時と比べて、料理から感じる感動が薄れているように感じられました。

さらに詳しく料理を眺めると、飾り付けに使用されているハーブの茎の一部が折れていることに気がつきました。通常、これが味に直接影響を与えることはありませんが、ジェラール・マルティノーが目指す完璧を期す料理においては、この小さなミスが全体の印象に影響を与えているのです。その日の料理は、技術的には非の打ちどころがないものでしたが、どうも心に響かないものでした。

 食後にスタッフと少し話をする機会があり、その際にシェフがその日は不在だったことを知りました。ジェラール・マルティノーが常に言うように、料理にはシェフの感情が込められているべきですが、その日の料理にはその「魂」が感じられませんでした。シェフの不在がこの微妙な違いを生んだのでしょう。これが、食材の扱いとそれを通じて伝わる感情が、料理の質を左右することの明確な証明となりました。

 この経験は、料理が単なる味や技術だけでなく、それを作る人の情熱や精神が如何に重要であるかを改めて教えてくれました。それは、まさにジェラール・マルティノーが追求し続ける料理の本質であり、私たちが「感情」として感じ取る部分なのです。

※エピソードは創作含んでいます

食と料理の価値とは

マイケル・ポーラン - 彼の著作『The Omnivore's Dilemma』では、食の選択、食文化、そしてサステナビリティがどのように相互に影響し合っているかを掘り下げています。ポランは食の民主化がどのように食の質に影響を与えるかについても議論しており、地産地消やオーガニック食品が持つ価値を強調しています。Amazon | The Omnivore's Dilemma: A Natural History of Four Meals | Pollan, Michael | History

『The Omnivore's Dilemma』の主な内容とテーマ

影響と批評

この本は広く称賛され、食に関する現代の議論において重要な文献と見なされています。ポランの洞察は、食品産業の透明性を高め、消費者が食生活の選択をより意識的に行うきっかけを提供しました。

マイケル・ポーランの著作

マイケル・ポーランの著作は、食と環境に関心のある人々にとって、食品システムの複雑さを理解する上で貴重なリソースとなっています。

『The Omnivore's Dilemma』では、マイケル・ポランが私たちの食生活の選択が個人の健康、社会、環境に与える広範な影響を深く掘り下げています。

大規模な工業化農業の環境への悪影響と健康リスクを指摘し、よりサステナブルな農業実践への移行を提唱しています。地元で栽培された食品、有機食品、倫理的に調達された食品を選ぶことが、環境に優しく地域経済を支え健康にも好影響を与えると述べ、意識的な食の選択がより良い食文化と食システムの構築に寄与するとしています。ポランのこの作品は、食に対する意識を変え、持続可能で倫理的な食生活の選択の重要性を強調し、より良い食の未来への一歩となることを目指しています。

サステナブルへの移行と実際の効果

論文「オーガニック食品を使用するレストランの顧客満足度に関する研究」


地産地消やオーガニック食品がレストランの顧客満足度を向上させるという研究や文献について、いくつかの具体的な情報をお伝えします。これらの文献は、レストランが地元産の食材やオーガニック製品を使用することで、消費者の期待に応え、満足度を高めることが可能であると指摘しています。

  1. 著書『地産地消が創る未来』(森達也): この本では、地産地消がどのようにして地域経済に貢献し、消費者に新鮮で安全な食材を提供するかを掘り下げています。また、地産地消によって提供される食品の鮮度と品質が、顧客のレストラン体験を向上させる具体的な事例が紹介されています。

  2. 研究論文「レストラン産業における地産地消の影響に関する研究」(農林中央金庫研究所): この研究では、レストランが地元の食材を積極的に使用することが、消費者の満足度やリピート率の向上に寄与していると分析しています。地元の食材を使用したメニューが顧客に新鮮さと品質を印象づけ、結果的に高い評価を受けていることが明らかにされています。

  3. 論文「オーガニック食品を使用するレストランの顧客満足度に関する研究」: オーガニック食品を利用することの顧客満足度に与える影響を分析した論文で、オーガニック食材の使用が健康や環境への配慮として評価され、これが顧客満足度の向上につながっているとしています。オーガニック食材の使用が特に健康志向の高い顧客層に好評であることが指摘されています。


アリス・ウォーターズ - 彼女はカリフォルニアのレストラン「Chez Panisse」を創設し、新鮮で地元の食材を使用することで知られています。ウォーターズは、食材の質とその料理への影響について熱心に語っており、その哲学は多くの現代料理に影響を与えています。 伝説のレストラン「CHEZ PANISSE」と「TOTAL LUXURY SPA」


フェラン・アドリア - 彼はモダニズム料理の先駆者であり、スペインの「エル・ブジ」でその技術を披露しました。アドリアは料理の革新に対する彼のアプローチを数多くのインタビューと著書で語っており、料理は科学と芸術の融合であると強調しています。「エル・ブリ」の天才料理人、フェラン・アドリアの近未来味覚ラボラトリー | WIRED.jp

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