見出し画像

Bouillon CHARTIER

※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

22年前、初めてパリへ行ったぼくの一番の目的は、「体育館みたいなお店」を観るためだったといって過言でない。だからこのときぼくは、そのお店のすぐ近くのホテルを取った。
その後、27歳で料理をするためフランスへ行ったときも知人などがパリまで会いにきてくれたり、用事で地方からパリに出た際などには必ずというほどそのお店で食事をした。また日本に帰国してからもフランスへ旅行をしたときには、やはり真っ先にそのお店を訪れた。

パリ9区のFaubourg Montmartre 通りから路地を少し入ったところにその体育館みたいなお店、シャルチエさん(Bouillon Chartier)がある。
とても有名なお店なのでご存知の方も多いかと思うけれど、それと同時に「わかるー!」という方と「えっー!」という反応の方にわかれる気がする。
パリやレストランにお皿の上(美食)を求め期待される方は、きっと後者の反応になるのではないかな・・・
こんなことを書くと叱られそうだけれど、Chartierさんは最高に楽しい時間を過ごす空間であって、美食を求める場所じゃないと、ぼくは思っている。

創業されてから1世紀を超える(120年)アール・ヌーヴォーの見事すぎる空間のお店を大衆食堂と表現するのもはばかられる気がするけれど、テーブルクロスは紙だし、グラスやお皿、カトラリーもすべて質素なものばかり。
料理も家庭料理や伝統料理などで決してエスプーマや液体窒素、塩化カルシウムやアルギン酸ナトリウムを使用したいまどきの料理がメニューに載ることもない。
何よりもその値段を考えると、本当に大衆食堂と呼ぶにふさわしいことがわかる。

日本の感覚でパリやニューヨークなどで外食をすると、それほど美味しくないものでもかなりの出費になる印象があるけれど、Chartierさんはメニューを見ていただくとわかるように驚くほど安い。
日本のファミレスと同等か、それ以下の値段だったりするのだから。

写真のメニューは、1997年のもの。通貨単位はフラン。

入口は回転ドアになっていて、メリットとされる空調効率よりも入口で混む、危険というデメリットの方が大きいのでは、と余計なお世話が頭を過ったりするけれど、普段通る機会もほとんどない回転ドアだと思うと、これも非日常的な気分を演出してくれているようで楽しい。

回転ドアを通り店内に入ったときの光景は、何度行っても感動でため息がもれる。天井はとても高く、審美眼が皆無なぼくでもその良さがわかった気になるアール・ヌーヴォーの見事な内装、大箱の店内を埋め尽くすお客さんとそれによってつくり出される心地よい喧騒。そしてテーブルの間をキビキビと動き回りサービスをされているベテランとしか思えないギャルソンのおじさんたち。

ギャルソンの装いは、白いシャツとポケットがたくさん付いた黒のベスト、腰から下は白の長いタブリエ(エプロン)で、高校生のときに初めて観たフランス映画「Garçon! (ギャルソン!)」の世界観そのものだった。
厨房のドアを開け、料理の載ったお皿を何枚も持ったギャルソン姿のイヴ・モンタンさんがいつ目の前に現れても違和感がないほどの非日常がそこにはある。
初めて訪れたときのぼくは店を出るまで「カッコええわ」「カッコええわ」と、ずっと場違いな関西弁を連呼していた。

Chartierさんの魅力は低価格であることもそうだけれど、その圧倒的な内装、そして一流店の品格あるサービスとはまた違った良さのあるギャルソンの所作に尽きると思っている。

そういえば一度、オーダーをした直後に驚愕の早さでプーレロティ(鶏肉のロースト)が運ばれてきたことがあった。
そりゃこれだけ席数が多い上にこれほど忙しいお店なんだから作り置きをしているとは思うけれど、それにしても吉野家や餃子の王将よりも早いって・・・と思いながら食べるとやはり中が冷たかった。
それでもぼくらは「話のネタになる」と笑ってお終い。

Chartierさんは理屈じゃない。決して美食を求めるレストランでなく、コンヴィヴィアリテ( Convivialité )を求めて訪れることが正しいレストランなのだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?