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小説「詩と踊る」

 この詩を読みおえるまでに、いったいどのくらいの時が経つのだろう。目の前で砂がさらさら落ちてゆくのをみていると、詩を読むのをわすれてしまう。詩を読むと、砂をみていられない。

 長い詩だ。あと何ページつづくのだろう。ゆっくりとていねいに読みたい。砂はまだ落ちている。詩の意味はまるでわからないが、それでも読みつづけてしまうのは何故なのだろう。漢字とひらがなと余白の出番と役割分担。そしてひとつの流れ。砂はまだ落ちている。やはり意味はわからないけれど読みつづけてしまう。なんて落ち着くのだろう。わからないというのに。わからないのが良いのだ。わからなくていいのだ。わからなさという良薬を飲んで、落ち着いているかのようだ。砂はだいぶ少なくなってきた。詩はつづいている。今、わたしの目には、砂の紫色と、文字の黒、そして紙の白。おもにこの3色しか映ってはいない。ときどき座っている椅子がきしむ音。鼻の奥がつまった感じ。なんだろう…?落ち着いたと思ったら、感覚が鋭くなってきたような気もする。詩はまだつづく。砂時計はそろそろ終わりそうだ。しばらく眺めていたら、とうとう落ちる砂が無くなった。詩はまだつづく。砂時計をひっくり返す。四角い透明な箱の中で、また紫がさらさらと落ちてゆく。漢字とひらがなと余白の芸術はまだ終わらない。四角い紙の集合の中で踊りつづける。わたしはそれをゆっくりと味わい、紙をめくる。姿勢を変えると、椅子がきしむ。何故だろう。時折、なんだか無性に乱暴に読みたくなる。それをぐっと抑え、意地でも張るかのように、ゆっくりとていねいに味わう。さっきと同じはずなのに、砂の流れが速く感じる。詩はまだ終わらない。砂がさらさらと流れる。わたしは落ち着きという恵みをいただく。わたしは、どこなのかよくわからない場所で、詩と砂と一体になって踊れているだろうか。

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