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キックボクシング10章 ~入学式~

 大翔はボケッとしながら国歌斉唱をし、それが終わると、椅子に座ってボケッとしながら黙って前を見ていた。しかし、大翔はこういう場に慣れていなく、徐々に睡魔が襲ってきてあまりの眠さに目を擦った。ハッとして目を開けると、何となく辺りをチラッと横目で見た。皆眠いのか殆どの人の目が半開き状態で、無表情のまま固まっている。中には力尽きて寝てしまっている人もいた。
 何だろうこの空気感。中学の授業でこんなに眠くなることって無かったんだよな。こういう体育館でやる行事の時だけ睡魔がもの凄く襲ってくる気がする。
「続いて、校長挨拶。校長先生、前へ」
 校長先生がよぼよぼと歩いている。今にも倒れそうな歩き方で、階段を一段一段登ると、ゆっくりと話し始めた。
「え~。新入生の皆さん。入学おめでとうごじゃいましゅ。わしがこの学校の校長の・・・・・・」
 あ~ヤバい。たまにいるんだよな。聞いてて眠くなる話し方の先生。この状況でこの話し方はダメだろ。学校ぐるみで全生徒を夢の中に誘(いざな)う行事を行ってんのかこれ。ヤバい。俺ももうダメかも。
 彼方が夢の中に誘(いざな)われそうになった時、ブーブー と、スマホのバイブが鳴った。ぼんやりとスマホを見ると、佐藤からメッセージが来ていた。
『つまんないから何か話そ?』
 佐藤って頭良いな。スマホ弄っていれば寝ることも無いか。ん? 寝るより悪いことしている気がする。まあいいか。細かいことは気にしなくていいか。
『いいぞ、どんな話題でもいいなら俺からふるけど?』
『ダメすぎてあんた殴りたくなってきた』
『マジで⁉ じゃあ話題振って良いから殴らないで!』
『分かった。中学の時さ、何であたしにキックボクシングの雑誌くれたの?』
『普通に本ばっか読んでたから』
『はい? それだけ? 意味分からないんだけど?』
『いやさ、本って文章ばっかじゃん。雑誌はイラストも乗ってんだぞ、強い選手いっぱい乗ってんだぞ。本より面白いじゃん。だから見せてやろうかと思って』
『ふ~ん、あっそう。あたしを喜ばせようと思って、面白いもの渡してくれたんだ』
『そうだよ』佐藤は顔が赤くなった。
 佐藤は火照ってきて自分の顔が赤くなっていることを察し、大翔と逆方向を向いた。
「そーだよじゃねーよ、バカ大翔」佐藤は小声でそう言った。
 佐藤が逆方向を向いてしまったので、大翔はメッセージのやり取りが終わったのだと思い込み、スマホをポケットに入れて校長の話に耳をやった。
「えー、わしの庭の木に鳩が巣を作っていましてな。その鳩が卵を産んだのじゃよ。それでな、ヒナが大きくなったら焼き鳥にしようと思っておるのじゃ。その為にまじゅは・・・・・・」
 何の話だよ! 校長は新入生に何を伝えたいんだよ! ブーブー 再び大翔のスマホが鳴り、大翔はスマホを見た。メッセージの相手は佐藤で、またメッセージが来ていた。さっきのメッセージのやり取りが終わったと思い込んでいた大翔は、まだ終わっていなかったことに驚き、一瞬佐藤の方を向いたが、再び前を向くとメッセージを確認した。
『あんた何でスマホ閉まったの?』
『いや、もうメッセージのやり取りが終わったのかと思って、今度は何の話題?』
『は? あんたが考えなさいよ。殴られたいの?』
(((類稀なる理不尽さ!)))
『分かったから殴らないで』
『あんたさっきも断ってたけど、殴られ慣れてるでしょ?』
『格闘技やってない人よりは痛みには強いかもしれないけど、殴られ慣れることは無いよ』
『そうなんだ』
『それに、殆ど痛覚が無くなることはあるけど、それは試合中とかアドレナリンが出まくっている時だしね』
『あたしアドレナリン出たこと無いから分からないけど、試合中ってパンチやキックが当たっても痛くないって事?』
『痣とかできるし、痛くないってことはないけど、不意に机の角とかに足ぶつけた時より全然痛くないんだよね。攻撃が来ることも分かってるし、アドレナリンも出てるし。不意に怪我したときの方が痛いもんだよ』
『へぇ~、そうなんだ。そんなに試合とか出てたんならさ、折角だしボクシング部も一緒にやってみれば?』
 なるほど、ボクシング部なんてあったんだ。初めて知った。高校の部活はどうせ入らないと思って全く見てなかったんだよな。ボクシング部があるなら練習は見てみたいな。
『ちょっと顔出してみようかな。格闘技だし興味あるかも』
『うん、良いと思うよ。因みに格闘技以外の他の部には顔出さないの?』
『なぜ格闘技以外の部?』
『あたし、まだ入る部が決まってなかったから帰宅部の所にいたけど、何かしらの部活には入ろうと思ってるから』
『顔出さない』
 大翔は、佐藤に左足の小指の部分をゴリゴリ踏まれた。
「いっっって」大翔は小声でそう言った。
 大翔は上を向き、左足を椅子の下にしまった。ジーン と、小指の痛みが体に伝わってくる。大翔は痛みが引くまで左足を椅子の下に隠し、真っすぐ前を見てじっとしていた。すると、校長の話が耳に入って来た。
「食べ物はある程度の大きさに切れば飲み込むこともできるのじゃ。カレーは飲み物って言うじゃろ? わしは歯が無いから、わしからしたら肉も野菜も全部飲み物なのじゃ・・・・・・お? もうわしは喋らなくていいのかの?」校長先生が喋っている途中で他の先生がサインを出し、校長先生が教壇から降りた。
 大翔はもう一度辺りの生徒を横目で見ると、見事に全員眠っていて、新入生は全滅のようだった。在校生は全員目を見開いたまま微動だにしていなかったので、校長の話を眠らずに聞き終わる術を身に付けた仙人のような気がした。

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