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小学生メンター ミソノ <第4話>

4.なぜ勉強するのか、を考える

【前回のお話】3.勉強するな、を体験する

 なぜ人は、勉強をするのか。
 その課題を出した後、美園はなんやかんやと言いながら、オレの部屋に居座っていた。
 漫画を取り出しては、オレのベッドの上で読みふけってケタケタと笑っている。
「ちょっとカズ、喉が乾いたから、お茶でも出してよ」
「自分で飲みに行けよ」
「や〜よ。私、お客様だもん。お茶は入れてもらうものよ」
 仕方なく、1階に行ってコーヒーを入れることにした。ミルクたっぷりのカフェオレにしようかと思っていたら、上から美園の声がした。
「カズ〜。私、ブラックね」
 ハイハイ、ミルクも砂糖も入れねーよ。

 あいつは一体、何でまだ家にいるんだ?
 オレが勉強しないように見張っているようにも見える。
 ブラックのコーヒーを自分の部屋へ持って行き、マグカップを美園の目の前へ突き出す。
「サンキュー」

 コーヒを冷ましながら飲む姿は、やっぱりどこをどう見て美少女だ。
 こんなに可愛い女子なのに、ガサツな性格がもったいないと思った。
「なに見惚れているのよ。
まあ、私ぐらい美少女だったらしょうがないけどね。
所で、さっきの課題、自分の答えはでた?」
「そんな早くに答なんて、でねーよ」
「あんた、分からないことを偉そうに言うんじゃないわよ。
もっと謙虚になりなさい。まずは何でもいいから言葉にしてみなさいよ。
聞いてあげるから。」
 飲み干したコーヒーのマグカップを勉強机に置いて、美園はオレの前へちょこんと座った。

 言葉にしろって言っても……
 オレはポツポツと、頭に浮かんだことを言葉にした。
「まず、勉強をちゃんとしていたら、テストでいい点数が取れる」
「ふむ」
「入りたい学校にも行ける」
「ふむ。ふむ」
「多分、将来もいい学校に入っていたら、いい会社に入れて、いい仕事ができる」
「ふむ。ふむ。ふむ。それで?」
「それでって?」
「だから、その先は?」
「その先……、そんな先なんて、まだ小学生だから分からねーよ」
「小学生だからか。なんか、あんた、自分の年齢を理由にして逃げてない?」
 いつもの悪戯そうな笑みを浮かべて、オレを見ると、すくっと立ち上がり、窓際の縁に腰をかけた。
「勉強に年齢なんて関係ないわ。それにカズは既に“勉強”を始めている。
その勉強が何のためなのか、その先にはどんな思いを叶えようとしているのか。言葉にしていくうちに、それが見えてくるわ。
まあ、ゆっくり考えてみなさい」
 笑って語りかける姿は、やっぱり天使のように見えた。
「お前、人を励ます時は、天使みたいに優しく言うんだな」
「失礼ね、本物の天使よ」
 クスッと笑って、窓際から体を空に浮かせた。
「そろそろ、時間ね。今日は帰るわ。
ちゃんとお題を考えるのよ!勉強したらダメだからね!!」
 そう言と、パッと光を放った。
「おい、ちょっと、待てって!」
 しかし既に美園の姿はなかった。

 美園と入れ替わりになるように、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま。カズ、二階にいるの?ちょっと遅くなってごめんね。」
 母さんの声が下から聞こえてきた。母さんは弁護士をしていて、日々忙しい。
 時計を見ると、もう夜の9時になっていて、いつもより帰りが遅い時間だった。
 美園はもしかしたらオレが寂しくないように、家族の誰かが帰ってくるまで、一緒に居てくれたのかもしれない、そう感じた。

 次の日もまた、授業を聞くだけの時間が過ぎていった。
 オレ、何もしてなくてもいいんだろうか。
 勉強していないだけで、何とも不安な気持ちになる。
 いつもは義務感から勉強をしていたけれど、今は何となく勉強をしたい気持ちに駆られていた。

 今までにない勉強への欲求から、図書館にいくことにした。
 文字は書けなくても、文字を読むことは出来るからだ。
 昼休みに図書館へ行くと、立川が本を夢中になって読んでいた。
 立川はオレよりもちょっと背が低く、パッと見は外を駆けずり回っているような元気な男子で、どう見ても学年トップの秀才には見えない。

 昨日、ノートを見せてもらってから、オレは立川のことが気になっていた。
「なに読んでいるんだ?」
 話しかけても、立川はまるで耳に入っていないように、本を読みふけっている。
「立川」
 声の大きさに気をつけながらも、立川に気づいて欲しくて、肩に手をかけた。
「ああ、佐藤か。びっくりした〜」
「随分熱心に読んでいるけど、なんて本?」
「これ?歴史小説。司馬遼太郎の『坂の上の雲』だよ」
 そう言って、表紙を見せてくれた。
 挿絵もない、大人が読むような小説だった。
「これ、大人が読むぐらいの難しい本じゃないか」
「確かに漢字にルビとか打っていないし、読めない字もあるけど、前後の文章から大体の内容が分かるし、読み進めて言ったら、先が気になって止まらなくなるよ」
 立川はさも楽しそうに言った。
 なぜ、こんなにも難しい本を立川は読むんだろうか。受験に役立つからだろうか。純粋に立川の気持ちが知りたくなって聞いた。

「何で、こんな難しい本を読んでるんだ?」
 立川は質問の意味がわからないかのように、不思議そうに言った。
「何でって、面白いもん。それに単純に、知りたいからだよ」
「知りたい?」
「ボク、歴史が好きだから、その時代に何が起こったかだけでなくて、その時の人々の様子や気持ちが知りたいんだ。でも、この世を去った人たちばかりでしょ。本人達に、直接聞くことはかなわない。だから本を読んで想像するんだ。
それに、司馬遼太郎ってすごいんだよ。膨大な歴史の情報から物事を紡ぎ合わせて、その時代に起こったことと登場する人々をリアルに表現している。
ただ単に、歴史の情報をまとめただけだったら、ボクはこんなにのめり込まないよ。
こうして小説で描いてくれているお陰で、オレはこの時代の人物に本を通して出会える。
司馬遼太郎が、時代背景に加えて、自分なりの考察とストーリーを載せて俺たちに届けてくれている。
こうやってボク達は先代の人から、色々と知識と思いを受け取っているんだ。これって、すごく感動的で素晴らしいことだと思わないかい?」
 立川は目をキラキラとさせて、自分の内に秘めた思いを続けて語ってくれた。

「ボクは大人になったら、司馬遼太郎のような歴史作家になりたいんだ。
様々な歴史をボクなりの視点で、人々に伝えて、その時代に生きた人々の思いや願いを伝えるんだ。

後の人が、過去の人々の思いを受け取って、未来を築いていけるように。
そんな、架け橋になれるような歴史作家を、ボクは目指す。

だから、歴史は目一杯勉強する。何より楽しいしね。
でもそれだけじゃダメだって思ってる。
もっともっと色んな事を知らないと、過去の人の思いを理解できないし、思いを受け取れないからね。
だから、歴史以外も頑張る」
 ちょっと照れたように、立川は言った。

 立川の思いを目の当たりにし、オレはその意気込みに圧倒された。
「おまえってすごいな。
そんな風に考えられるって、すごいよ」

「そんなことない。
ボクは唯の歴史好きでしかないよ。
前は自分の為だけにしか学んでこなかった。
でも、ある人から目的を持って勉強することの大切さを教えてもらったんだ」

「ある人って?」

「ボクのメンター」

「メンター!?」
最近聞いたばかりのメンターという言葉が出てきて驚いた。

メンターって…

「ああ、メンターって、日本語で支援者って言うらしいよ。
ある意味、支援者だったけど、俺にとっては人生の恩人」

もしかして…
オレは頭に美園が浮かんだ。
確か名刺には小学生メンターって書いてあったはず。

「なあ、もしかしてそのメンターって――」
そう言いかけて、昼休みを終えるチャイムが鳴った

「あ、時間だ。早く教室へ戻らないと。
佐藤って、ずいぶん話しやすいんだね。
今まで、あまり喋る機会がなかったけど、今度はゆっくり話がしたいな。
佐藤の夢も聞かせてね」
「うん」
 小さく笑って答えた。
 自分の夢なんて、久しく考えたことがなかった。

 その日の放課後、オレはボーッと教室の窓から外を見ていた。
 立川とオレ、なんて言うのか、ここまで差がつくと、嫉妬する気すらおこらず、ただ、ただ、憧れに似た感情がわきあがっていた。

 今日は、なんかすごいことを聞いた。
 そう、他の友達からは聞いたこともない話だった。
 もう一度、立川が言っていた言葉を思い出す。
『後の人が、過去の人々の思いを受け取って、未来を築いていけるように。
そんな、架け橋になれるような歴史作家を、ボクは目指す』
 
 彼が言う勉強は、ちゃんと自分の夢につながっている。
 なんて羨ましいんだろう。

 そう思った時、肩にポンとが置かれた。
 美園だった。
 その微笑みは、まるでオレを包み込むかのような優しい。

「あんたが、無性に自分の思いを言葉にしたいんじゃないかと思って、来てみた」
「お節介の天使だな」
 意地を張って言ったが、美園のお節介が嬉しかった。
「ほら、言ってみなさいよ。今、あんたがモヤっと心に抱えている気持ちを」

 今日、立川と話をしたこと、自分が感じたことを洗いざらいしゃべった。
 立川は、勉強は自分のためだけでなく、他の人のために、それも後世の人の為にしていること。
 それがちゃんと「歴史作家」という立川の夢につながっていること。
 それに対して、自分は勉強するのも全部、自分の為だったこと。
 自分をみてもらいたい、ほめてもらいたい。
 あれもこれも【もらいたい】ばっかりだったということ。

「立川の話を聞いて、何となく思ったんだ。
オレ達が学校とかで学んでいることって、先人から受け継がれてきたとっても大切なものなんだって。それをオレ達は、次の子達にバトンタッチする役目があるんじゃないかって。
だから、オレ達は勉強するんだ。
勉強して受け継がないと、次の人に渡せないって、思ったんだ。
オレ、【もらいたい】ばかりの気持ちで勉強するんじゃなくって、誰かの為に、人の役に立つ為に、勉強できるようになりたい。立川のように。そう思えるような夢を持ちたい。」
 最後の方は自分に言い聞かせるかのように、美園に話をした。
 自分は今まで夢を描き、人の役に立ちたいという気持ちで勉強をした事はなかった。
 でも勉強することの意味を、自分で発見した今、ちゃんとした目的を持ちたいと思った。

「あんたなりの”勉強する理由”の答えを手に入れたのね。
とってもいい答えを聞かせてもらったわ。
でも、夢については、そうあせる必要はないわよ」
 いつものように、オレを励ますかのように、ポンポンと頭を軽くたたく。

「何で?どうして? 夢があったほうがやる気が出るじゃん」
 焦るオレに、美園はニッコリと笑って言った。

「今のあんたにぴったりの言葉をプレゼントしてあげる。
“自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる” by ゲーテ

とにかく焦らないこと。あんたは、勉強することの意味を知った。
これから先は自ずと見えてくるものが変わるわ。そう長くもない先に、自分の道を手に入れられるわよ」
 いつもの名言まじりの美園の言葉が、自分の未来を照らしてくれているかのようにオレは感じて、何だか自分を信じてみようという気持ちになった。

(つづき)5.和成、腹を括る

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