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小学生メンター ミソノ <第3話>

3.勉強するな、を体験する

【前回のお話】 2.和成、気持ちに正直に向き合う

 勉強するなと、美園に言われたのもあって、昨日は久しぶりに宿題も予習も復習もせずに床についた。
 勉強するなって、明日の学校でも勉強をするなということだろうか。
 学校で勉強しなかったら、何をすればいいんだ?
 ベッドの中から天井を見上げて、今日一日のことを思い出す。
 
 学力テストでランク落ちした時のグチャグチャな気持ちが一転して、やけに心が軽くなっている。
 ランク落ちよりも、美園が出した“勉強するな”という課題が、何とも不思議で、そっちの方が気になった。
 明日、とりあえず学校に行くとして、どうやって過ごそう。
そんなことが、悩みになっていて、何だか面白くなってきた。

 次の日、学校についてから、宿題を提出しなければならないことを思い出した。
 しまったっ。心の中で焦ったが、勉強するなと美園に言われていたし、どうしようもなかった。
 くそっ、これで怒られたら美園のせいだからな!

 ガラッとクラスの扉を開けて、担任の山口先生が入ってきた。
 体がデカくて、とても気さくな男の先生で、オレはこの先生が結構好きだった。
 勉強もちゃんと今までしてきたから、先生受けももちろんいい。ただ、今日は宿題をしていない。どうやって言い訳をしようか、そればかり考えていた。

「みんな、宿題はしてきたか?せっかく宿題をしてもらってきたがな、提出は1週間後にする。これから1週間、宿題は出すが、集めるのは1週間後だ。提出がなくても、ちゃんと宿題をするんだぞ」
 今までにない対応に、クラスのみんなが騒めいた。
「せんせー、何でー?」
 口々にみんなが質問する。
「何だか分からんが、そういう気分になったんだ」
 山口先生が笑いながら答えていた。

 山口先生の言葉に一番驚いていたのは、オレだった。
 美園だ! 絶対、あいつだ。あいつが何かしたんだ。
 オレに勉強させないために、ここまでするなんて。
 ということは、この後のクラスもなくなるんじゃないか?
 よし、それなら勉強してなくても、先生に怒られない。
 オレは学校で、勉強しなくていいかもしれない事態に、ニンマリした。

 喜んだのも束の間、「よし、算数を始めるぞ」と、通常通りに山口先生が授業を始め出した。
 オレは慌てて教科書とノート、筆記用具を机の上に出す。
 勉強するなって言っても、授業が始まったじゃないか!
どうするんだよ、美園!!

 オレの焦りなんてお構いなしに、山口先生は次々に黒板に書いていく。
 早くノートに書き写さないとダメだし、どうしよう。
 ノートを書き写すことは、勉強することになるのか?
 もう何が何だか分からなくなって、鉛筆を取り出し、ノートに文字を書こうとした瞬間、手が全く動かなくなった。

 何だこれ?
 強張った手から鉛筆がこぼれ落ちると、急に手が動くようになった。
 手を閉じたり開いたり、教科書を開いてペラペラとめくったりしてみたけど、ちゃんと手は動く。
 そこでもう一度、鉛筆を手にとって文字を書こうとすると、また手が動かなくなった。
 鉛筆を持っている右手を左手で掴んで、無理やり動かそうとするが、びくともしない。
 えーい、動け!動くんだ!!
 色々試しているうちに、山口先生に「佐藤、何やってるんだ。ちゃんと前を向いて集中しろ」と注意される羽目になった。

 それからの時間は、勉強しているフリをするしかなかった。
 厳密にいうと、ノートを取らずに、先生の話だけを聞いていた。
 ただ単に、先生の話だけを聞いていると、何だかゆったりした気分になった。
 今までノートを取ることに必死で、先生の話をじっくり聞く機会がなかったように思う。
 オレは違った目線で、先生の話が聞けた。
 先生がどこをオレ達に理解してもらいたいか、何となく見て取れた。
 そういう所は、山口先生は何やらウンチクや小話が多い。
 小話の時は、面白くて、クラスのみんなも笑っている。
 
 ふと、右斜め前に座っている立川武(たちかわたけし)が目に入った。
 そいつは学年トップの成績だ。
 普段そんなに勉強しているそぶりをしていないのに、なぜかいつも成績がいい。
 みんなが先生の話で笑っている時、立川はノートに絵を描いていた。
 なんだ、あいつ。落書きでもしているのか?
 落書きなんて、大したことないし、オレだって落書きぐらいする。
 でも、その落書きが気になって気になって仕方なかった。

 算数のクラスが終わると、直ぐに立川に声を書けた。
「おい、さっき、何を描いていたんだ?」
「描くって、何が?」
 急な質問に、立川もびっくりして目をパチパチさせた。
「算数のノートに、何か落書きをしてただろ?ちょっと見せて」
「ああ、その絵のことだね」
 人懐っこい笑みを見せて、ノートを広げて見せてくれた。

 ノートには黒板の板書以外に、色んな所に、絵やメモみたいなのが散りばめてあった。
「さっき描いていたのは、ガウス。これだよ。確か、こんな顔だったかな〜と思って」
 確かに、さっき山口先生は、数学者のガウスについて雑談していた。
 その横には、ガウスについて何年に生まれたとか、ドイツの数学者だとか、ガウスが生きていた時代に何があったとか、その頃の日本は何が起きていたとかが書かれていた。
 落書きなのに、あまりの情報量にオレは驚いた。

「何で、こんなことまで書いているんだ?」
「だって、この方が面白いもん。後でノートを見返した時、先生がこんなこと言っていたな〜と思って、記憶を呼び戻すきっかけにもなるしね。ボク、歴史大好きなんだ。だから、何か勉強をしていて面白いことがあったら、歴史とリンクさせて書いてる」
 立川のノートは算数のノートなのに、歴史という他の教科と結びつけてられていた。
 学びが教科を超えて繋がるという事実に、オレは大きな衝撃を受けた。

 その日、オレは学校で一文字もノートに書かずに家に帰ることになったが、それよりも立川のノートが頭から離れなかった。
「ただいま」
 誰も家に居ないのは分かっているが、やっぱり儀式のように、ただいまを口にする。

「おかえり〜〜!」
 いきなり姿を現し、元気よく美園が出迎える。
「お、おう。ただいま」
 まさか出迎えてくれる人がいるとは思わなかったので、びっくりした。
 でも、誰かが待ってくれていたことが、なぜか嬉しかった。
「頑張って、勉強しないでいた?」
「何だそれ、勉強しないでいた?って。そんな質問あるかっつーの」
 聞かれたこともない問いかけに、笑ってしまった。

「カズ、意識して勉強しないのは、なかなか素敵だったんじゃない?」
 美園は何かを見透かしているかのように、オレに聞いた。
「うん」
 と素直に答えた。

「今のあなたにピッタリの名言を教えてあげる。
“心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる byウィリアム・ジェームズ” どう、素敵な言葉でしょ」
オレは、運命までも変わるという言葉に、感動した。
「オレ、今日、行動を変えた!」
「そうよ、あんたは行動を変えた。だから、いつもと違うものが見えたし、初めての発見もあったんじゃない?」

 美園の言う通りだった。
 オレは立川のノートを見て、勉強することは、今まで自分がしていた勉強とは、もっと違うものなんじゃないかと感じ始めていた。
 オレの今日の発見を知っているかのように美園は言った。
「勉強ができる子はね、どんなことでも学びにつなげているわ。たとえ、それが遊びだったり、自分の好きなものであってもね」

 そういえば、立川もガウスという数学者から知識を広げていたな。
 そう思うと、気になって思わず美園に聞いてみた。
「さっきの名言を言った人、えっと、ウィリアム・ジェームズだったけ、どんな人?」
「お髭がキュートな、アメリカの有名な哲学者よ。彼って、本当にいい言葉を沢山残しているわ。“苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ”っていう言葉も、人間の本質をついてるわね、その他にもね……」
「ありがと!分かった」
 このままいくとかなり長くなりそうだったから、話を変えた。

「美園、オレ、もう勉強を開始してもいい?」
「まだダ〜〜メ」
 悪戯っぽく、クスッと笑って美園は続ける。
「次のお題よ。なぜ人は勉強するのか、自分なりの答えを見つけなさい。勉強をするのは、それからよ」

「え?? なんで、そんなの考えないとダメなんだよ!」
 文句を言ったら、美園は仁王立ちになって、人差し指をオレの鼻に突き立てて言った。
「あんた、今まで勉強してきて、なぜ勉強するかって疑問にすら思わなかったの?
考えても見なさいよ、今のあんたたち小学生は、学校に行って何時間勉強していると思う?
朝8時に学校に行って、家に帰ってくるのが3時半。休み時間や給食の時間を除いても、少なく見積もって6時間はある。それから帰って宿題やらなんやらで、あんたの1日の大半を占めているじゃない。
なんでそんなに時間を費やすのか、不思議に思うでしょ?」
 数字で現状を言われて、言葉に詰まった。
 そんなの、今まで考えたこともなかった。何となく、勉強をしなければならないのはわかる。でもそれを言葉で説明できない自分がいた。

『あんたは、今まで何のために勉強してきたの?』
それは、大きな大きな疑問となって、オレの前に立ちはだかった。

(つづき)4.なぜ勉強するのか、を考える

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