見出し画像

赤坂に書店が無くなるので書き留めておく備忘録

赤坂に新刊書店が無くなるということ

 6月17日に赤坂で新刊を中心に扱う書店が姿を消す。
 地元のTBSラジオが話題にしていたので、ちょっと記憶を書きとどめておきたくなった。
 ただ書店がすべて無くなるかというと、マンションの一室で新刊も古書も扱っている「双子のライオン堂」があるのでゼロではない。
 ただ「双子のライオン堂」は本好きに向いているお店だと思うので、一般向けの間口の広い本屋はなくなるといっても良いと思う。

赤坂ってどんな街?

 85年に現在の事務所に所属して日々通うようになるまで、大学生のころなど赤坂なんてほとんど行くことのない街だった。
 通いはじめたころの印象は、オトナの派手な神楽坂。
 しかし徐々に特殊な街であることを知っていく。
 芸者さんのいる花柳界の雰囲気がまだ色濃く残り、永田町に近いので路地には黒板塀の高級料亭が並び、TBSや数多くの芸能事務所に加え、東芝EMIやコロンビアの音楽業界人、東急エージェンシーや読広の代理店マンや、日商岩井(現双日)などの大手商社もあり、ビートルズも宿泊した一流外タレ御用達ホテル、みすじ通りには韓国系のパブやクラブが乱立して、総本部がある広域暴力団の人たちもうろついている。
 東京にはいろんなものが混在している街は多いが、そのトップクラスが古い小さな街に詰め込まれているのだ。
 文化も重層的で、夜には色んな大人が入り乱れていた。
 そんな街にはいくつもの書店があった。

赤坂にあった書店を思い出してみる。

 その頃の赤坂にあった書店を記憶のままに思い出してみる。

 最初になくなったのはイグレグ書房ではなかったか?
 一ツ木通り風月堂のはす向かいぐらいにあり、ここが夜遅くまでやっていたので、深夜近くに資料が欲しい時など大いに助かった。
 小さな店なのに流行のアートやポップカルチャーに加えニューアカ系にも目配りが効いていて、若い世代が使いやすい店だった。

 次になくなったのが赤坂見附駅の旭屋書店だった気がする。
 旭屋書店は有名書店チェーンであるが、文芸系が充実していて読みたい本と読むべき本をバランスよく扱っていた良い本屋だった。
 そしてよく使われていたのは文鳥堂である。
 赤坂通りの山王下近くに本店があり、赤坂駅の乃木坂方向出口近くに小さな第二文鳥堂があった。
 本店といっても10坪はなかったのではないか。しかし経済学から文化人類学などまで読書人がその時に読みたそうな専門的な本も過不足なくそろえられていた。まだ20代だった私は文鳥堂に行くたびに、教養のある大人というのはこういう本を読むのかと思った。

 そして去年の3月になくなったのが、一ツ木通りで創業百年を越えていた金松堂書店である。
 かつてはとても良いお客さんたちに支えられ素晴らしい品揃えだった。文芸と実用の目利きが鋭く出会いの多い書店だったが、客層の世代交代も進み、十年ぐらい前から棚の縮小が繰り返され、苦しんでいるのが見てとれた。出来るだけ支えたいと思っていたが、どんどん買いたい本がなくなり、最後はせめてもとタバコを買うぐらいしかなくなっていた。

 つまり赤坂の書店は、多種多様な文化が入り乱れたカオスな街で、余裕があり教養を求める人たちに応えるべく、それぞれが質の高い品揃えをして成り立っていた。
 それが続かなかったのは、インターネットの普及だけが理由とも思えない。かえって人の変化の方が大きいように思える。本屋で未知の教養と出逢い、好奇心からその本を手に入れるような人が赤坂から減ったのだ。
 壮年のいかにもヤクザな佇まいの男性が、メルロ=ポンティを買っていくのを見た。
 そういう街だった。

画像1

 そして、赤坂再開発後に出来たばかりのTSUTAYAが今年一月に無くなり、唯一残った大型総合書店の文教堂が6月になくなる。
 それが時代だというなら、嫌な時代が来たなとつぶやくしかできない。

金松堂書店にまつわる故林美雄さんの自慢話

 最後に、金松堂書店でいつも思い出すのは、ラジオの深夜放送全盛期に人気番組だった「パック・イン・ミュージック」で活躍した林美雄TBSアナウンサーから、仕事をご一緒したときに聞いた話。
 時が経ちディテイルに少し自信がなくなっているうえに、ご本人が番組でも話したことがあると言っていたので、当時のリスナーの方の記憶と違っていたらご容赦を。

 一ツ木通りの金松堂書店はTBSから最も近い本屋だった。
 林美雄さんが暇つぶしに金松堂に行って本を選びレジに向かうと、髪の長い日本人女性と外国人の男性が支払いをしていた。
 その時に外国人男性が硬貨を落とした。
 後ろにいた美雄さんは硬貨を拾って男性に渡した。
 ジョン・レノンだった。女性はオノ・ヨーコだった。
 日本広しといえど、ジョン・レノンの落とした金を拾ったのは僕ぐらいだ、と美雄さんは楽しそうに話してくれた。

 赤坂というカオスな街の本屋では、どんな有名人と出逢っても不思議じゃなかった。

 そんな街に本屋が消えていく。
 「双子のライオン堂」には頑張ってほしい。

                           <了>

お時間があるとき、就寝の前のひととき、朗読はいかが?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?