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東京グランドキャバレー物語★29 飲んだら脱ぐな!脱ぐなら飲むな!

 この日の夜は平日だと言うのに、店内は活気に満ちていた。20人近くの団体のお客様のご来店情報が、店内を駆け巡り、社長のご機嫌な表情で確信に変わった。
「ほら福、ボ~としてないで。笑顔だよ、笑顔。男を一人二人落とす勢いがなくちゃ!ねぇ。ここでは、若いんだからさ」
 手を叩きながら社長が、福に矛先を向けハッパを掛けニコニコだ。

 八時を回った頃、一台の古ぼけたエレベーターが、行ったり来たりを繰り返す。年季の入った機械は、金属の古い音を出しながらも、しっかり動いていた。
 数人のホステス嬢がドアの真ん前で待機し、お迎えの準備だ。
重いドアが開くと、ぞろぞろとスーツ姿のサラリーマン風の男性達が、魔界の否、大人の遊び場グランドキャバレーへと足を一歩踏み入れ、口々に賞賛する!
「おお!昭和の空間じゃないか!こんな所があったなんて知らなかったなぁ!」
「こりゃあ凄い!あんなデカいシャンデリアが、ぶら下がってるぜ!いやぁ~時代を感じるなぁ」
 天を仰ぐ。
待ち構えていたホステスの顔を見ながら
「ホステス嬢も昭和だな~」
 と余計な一言も聞こえる。

 荷物を預かるクロークカウンターを通り過ぎると二階に続く階段がある。ぞろぞろと行儀の悪い遠足に来た子供達の様に、大はしゃぎだ。しかし、そんな中一人の男性の腕に手を回し、優しい微笑みを浮かべ、エスコートするホステス理世子さん!(※15話に登場)
「イヤイヤ!ウォホッホッ」
 突然の彼女の何気ないタッチに驚いて言葉にならない声を出す嬉しそうなお客様。さすが小悪魔と呼ばれるだけの事はある。その魅力的な蜘蛛の糸に、階段を一歩一歩上るうちに絡まって行く。
もう逃げられない。
彼女の横顔にデレっと見とれ、あやうく次のステップにつまずきそうになりながらも足取りは軽そうであった。
「どうぞ、どうぞ」
 それぞれのお客様をターゲットにしたホステス達も彼女に続いた。

 上の階は、いつもはお客様をお待ちするホステス嬢の待ち席ではあるが、本日は団体のお席に早変わりだ。次から次へ、男性諸君はここぞと思った席にお着きになる。そして、一気に15人ほどのホステスは、その間に座り込んだ。昭和香り高きホステスが、両隣のお客様にビールを注ぐ。乾杯の為の最初の飲み物は、ビールと決まっている。さすがに手際が良い、慣れたものである。
 全員が席に落ち着くと、その中から初老の男性がビールを片手に立ち上がった。社長様であろうか?
「皆、今日はおおいに飲んで踊って、福岡に行く加藤君を見送ろうじゃないか!バンドだってあるぞ!隣のお嬢ちゃんと一緒に下のホールで踊ったって良いんだぞ!ここは、我々の時代の懐かしい社交場なんだ!乾杯!」
うお~と雄叫びが二階中に響いたかと思うと30人が大声で
「加藤君に乾杯!」
 と、グラスを重ね合った。今日は、加藤君の送別会の様であった。
ビールを一気に飲んだ後は、ウイスキー、焼酎などが何本も運ばれ割り物の氷、ミネラル、烏龍茶など、さらにおつまみも何皿も運ばれて来る。
ボーイのムーンチェンも(※26話に登場)大活躍だ。
本日は、売れ残りのホステス嬢は一人もおらず、全員がこの団体客のお客様のお相手をする。
福は、最後にエレベーターを降り、端の方に座ったおとなしめのお客様についた。
「山田と言います。実は、僕は下戸なんです。ゲコ。だからお酒は飲めません」
「えぇ?何ですか?ゲコゲコって」
 シッと山田さんは、口に指をあてた。
「お酒を飲めない人を下戸って言うんですよ」
「なるほど。じゃあウーロン茶にしますか?それなら何かに入れてお酒を飲んでいる様にみえますから」
「頼みます」
 福はグラスに氷を入れウーロン茶を注いだ。彼をのぞいた全員がグビグビ、ガンガン飲む。一時間も経つ頃には、全員がゆでタコの様に赤くなり、酔いは絶好調だ。一階ホールでバンドの演奏が始まるとホステスとダンスに行く人もいれば、隣席にいるホステスの手を握りしめ「真剣なんだ!」と愛の告白をしているお客様もいらっしゃった。誰かの為の練習であろう。
それぞれの酒癖が一気に溢れ出す。
 山田さんは、ウーロン茶でも楽しそうに雑談をする。
「お酒は飲めなくても楽しむ事は出来ます!日頃、真面目な上司なのに酒が入ると馬鹿な事をする人もいて、この人も普通の人間なんだ!と安心する事もありますよ」
 感心しながら、福が頷く。
一階ホールで踊っていたカップルは、バンド演奏が終わると二階に戻り、又、飲み始める。
 その時、
「きゃ~。駄目ですよ!」
「何しているのですか!やめて~」
 気がつくと、数人のホステスが一人のお客様を囲み、大騒ぎだ。福の席からは少し離れているので状況が良くわからない。
「きゃあ~、そんな事しちゃダメよ。出しちゃダメだって」
 わははは、きゃはは!
悲鳴と笑い声が入り混じり、その場所だけが異様に盛り上がっている。
「ほら、ほら。見ろよぉ~」
 とお客様の声が聞こえて来た。
「どうしたのかしら?」
 ホステスの藤枝さんが様子を見に行くと言って席を立った。
 山田さんの横顔をチラっと見ると、謎の笑顔で、こんな事を言った。
「彼は営業部でバリバリなんですよ!ストレスが溜まっているんだなぁ~」
 真っ赤な顔をしながら戻って来た藤枝さんは、ドンと腰を下ろしたかと思うと、目の前のウーロン杯を一気に飲みながら
「見ちゃった!どうしよう」
 と叫んだ。
「ズボンもパンツも脱いで、大切なモノを出していたのよ!」
 あまりの衝撃的発言に福が驚く。
「えぇ!」
「やっぱりな。あいつは酒が入ると脱ぐ癖があるって噂があったんですよ。自慢したいのかな?」
 と山田さんは、言った。
福は、言葉を失った。
 キャバレーの社長が二階に上がって来て、お客様に注意をしている。
やはりここは、品良く飲む場所である。
羞恥心や自制心も木っ端微塵に吹っ飛ばすお酒は、飲み過ぎには要注意だ。
 飲んだら脱ぐな、脱ぐなら飲むな・・。
大人の社交場では脱いではいけないと、肝に銘じよう。

          つづく