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【インサイトコラム】思い込み(バイアス)に左右されない方法

私たちの脳には情報処理や認識を司る2つの思考モードがあります。直観的な思考を行う「システム1」と、合理的な思考を行う「システム2」です。この2つのモードで私たちは物事を思考し、判断し、選択・行動しています。システム1は情報処理が高速で、自動的(無意識)に働き、それを動かすのにエネルギーはほとんど必要としません(情報処理負荷が少ない)が、時として非合理的な判断をしてしまう性質があります。一方、システム2は合理的な判断ができますが、意識的に努力しないと発動せず、判断に時間がかかります(情報処理負荷が大きい)。

システム2の大切な働きの一つは、システム1の判断や決定をモニターし、必要ならば修正を加えることです。システム1は五感を通して入ってくる外部からの刺激から、印象、直感、意志を絶えず生み出し、システム2に供給しています。システム2が承認のGOサインを出せば、印象や直感は確信にかわり、行動へと移ります。特に問題のない場合、つまり日常生活の多くの場合、システム1から送られてきた情報を、システム2はほとんど修正なく受け入れます。そこで私たちは自分の印象を概ね正しいと信じ、行動するのです。システム1が困難に遭遇すると、システム2が応援に駆り出され、問題解決に役立つ適切な処理を行います。システム1と2の役割分担は、きわめて効率的にできており、情報処理負荷を最適化しています。

しかし、システム1の衝動的で素早い判断を生む性格のため、私たちはこの性格を便利に使いこなしている(ヒューリスティクス)反面、時としてバイアス(ある特定の状況で起きる系統的なエラー)のかかった判断をしてしまうことがあります。バイアスは本来、システム2が修正すべきなのですが、システム2の欠点である、怠け者で起動に時間がかかり、すぐ疲れて働かなくなる性質が邪魔をします。システム1がエラーを起こして、システム2がそれを修正できないときに、私たちは不合理な判断をしてしまいます。

ヒューリスティクスとは、人が複雑な問題解決などのために、なんらかの意思決定を行うとき、暗黙(無意識)のうちに用いている簡便な解法や法則のことです。判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断の結果に一定のバイアス(偏り)を含んでいることが多いのです。ヒューリスティクスを利用することによって生まれる認識上の偏りを「認知バイアス」といいます。

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。認知バイアスは英語のウキペディアによると176もありますが、このコラムでは調査に関係のあるものを4つ紹介します。すべて、ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー、あなたの意思はどのように決まるか?上・下」(早川書房)からの借用です(原著名は、Thinking, Fast and Slow)。行動経済学ではヒューリスティクスや認知バイアスを検証するため実験を多用します。その実験(認知バイアスの存在を証明するための実験で、中には”あざとい”と思われるものもありますが)を含めての紹介です。

1.少数の法則・・・「少数のサンプルを調べただけで、正しいデータが得られた、と錯覚する傾向」

行動経済学における「少数の法則」とは、「少ないサンプルサイズ・試行回数(さいころを○○回投げる)によって得られた、統計的に偏った結果でも、無意識のうちにその結果が正しいと思い込んでしまう傾向」のことです。カーネマンとトヴェルスキーによって1971年に提唱された概念です。この「少数の法則」は統計学の「大数(たいすう)の法則」をもじったものです。大数の法則とは「サンプルサイズ・試行回数が大きければ大きいほど、結果として得られる値は真の値に近づいていく」というものです。

このような調査結果※1があります。このような調査結果をあなたはどのように説明しますか?

アメリカの3,141の郡で腎臓ガンの出現率を調べたところ、顕著なパターンが発見された。出現率が低い郡の大半は、中西部、南部、西部の農村部にあり、人口密度が低く、伝統的に共和党の地盤である。

あなたは、「共和党の政治と腎臓ガンは関係がある」、という考えは却下して、「腎臓ガンの出現率の低い郡は農村地帯だ」、と考えませんでしたか?そしてガンの出現率の低さは、「田舎のきれいな環境のおかげ(大気汚染もなく水もきれいで新鮮な食品が手に入る)だろう」、というストーリーを作ります。確かに理には適っています。

それではこちらはどうでしょう。

アメリカの3,141の郡で腎臓ガンの出現率を調べたところ、顕著なパターンが発見された。出現率が高い郡の大半は、中西部、南部、西部の農村部にあり、人口密度が低く、伝統的に共和党の地盤である。

こちらからは、あなたは、ガンの高い出現率は、「田舎の貧しい環境(質の高い医療を受けにくく、高脂肪の食事、酒の呑みすぎ、たばこの吸いすぎが良くない)のせいだ」、と結論づけるのではないでしょうか。しかし、どちらのストーリーも正しいとは限りません。

あなたは「人口密度が低い」という特徴は、ガンの出現率とは、関係がある、とは思わなかったのではないでしょうか?人口密度の低い郡の標本サイズは小さい筈です。「標本サイズが小さいと、大きい場合より極端なケースが発生しやすくなる」ということは、なかなか理解できません。少数の法則の背景には、標本サイズが小さくても、抽出元の母集団とよく似ているのだから構わない、という強力なバイアスも存在します。このバイアスは、私たちが、自分の見たものの一貫性や整合性を誇張して考えやすいことに由来しています。

システム1にとって、「自分がうまくやったかどうか」の尺度は、ひねり出したストーリーの首尾一貫性です。二通りの解釈が可能でも、そんなことは無視して、できるだけつじつまの合うストーリーを作ってしまうのです。情報は少ないほうがつじつま合わせをしやすいので情報の量と質はほとんど考慮されないのです。

※1Andrew Gelman and Deborah Nolan, Teaching Statistics:A Bag of Tricks(New York:Oxford University Press, 2002)

2.基準率の無視(確率の誤認知)・・・不確定な状況下では、確率を完全に無視する傾向

以下の問題※2をよく読んで、質問に直観的に答えてください。

夜、1台のタクシーが事故を起こしました。この市では緑タクシーと青タクシーの2社が営業しています。事故とタクシー会社についての情報は次の通りです。

・市内を走るタクシーは85%が緑タクシーで15%が青タクシー
・目撃者は、タクシーは青だったと証言
・事故当夜と同じ状況で目撃者の証言の信頼性をテストした結果、この目撃者が青か緑かを80%の頻度で正しく識別し、20%の頻度で間違えた

では、目撃者の証言通り、事故を起こしたのが青タクシーである確率は何%でしょう?

正解は41%ですが、できましたか?この問題では、多くの人が目撃者の証言通り80%と答えることが分かっています。

(回答です):この問題では2種類の情報が提示されています。一つは「基準率」(タクシーの台数シェア)と、もう一つは(完全には信頼できない)目撃者の証言です。目撃者がいなければ、事故を起こしたのが青タクシーである確率は15%で、これが起こりうる結果の「基準率」(ベイズ推定の事前確率と同じ)になります。
この問題の解き方は:

1.目撃証言がないとしたら:
・青タクシーが事故を起こした確率・・・15%
・緑タクシーが事故を起こした確率・・・85%
2.目撃証言から:
・青タクシー(15%)に対して正しく青(80%)と証言する確率・・・12%(0.15×0.8)
・緑タクシー(85%)に対して誤って青(20%)と証言する確率・・・17% (0.85×0.2)
3.従って、青タクシーが事故を起こした確率は・・・41%・・・0.12÷(0.12+0.17)=0.41

この問題で、青タクシーの統計的基準率(15%)は市内を走るタクシーの統計的事実にすぎません。
因果関係の好きな脳は、統計的事実からなんの感銘も受けないのです。統計的基準率は多くの場合過小評価され、時にはどう使ってよいかわからず、スルーされてしまいます。予測するケースに固有の情報が提供されているときは、特にその傾向が強くなります。

直感的プロセスで働くヒューリスティクスが発動すると、自信を持っている概念との合致度を優先してしまい、本来基準とすべき情報を無視したり、軽視したりする傾向があるのです。

※2Amos Tversky and Daniel Kahneman,“Causal Schemas in Judgements Under Uncertainty, in Progress in Social Psychology 32(1975):932-43

3.分母の無視(Denominator neglect)…数字の見せ方一つで、行動が変わってしまう

壺の中におはじきが入っており、赤いおはじきを引いたら勝、というゲームがあります※3。

あなたはどちらを選びますか?
・壺Aにはおはじきが10個入っており、うち1個が赤である
・壺Bにはおはじきが100個入っており、うち8個が赤である

確率で比較すると、Aの方が赤を引く確率が高いのですが、実験では30~40%がBを選びます。分母(10とか100)を無視し、分子(1とか8)だけで選んでしまう人が少なからずいるのです。被験者の注意は赤のおはじきに集中し、白のおはじきの数を同等の注意を払って考えなくなるのです。分母を無視して分子の数だけで比較して判断してしまう癖が人間にはあるのです。

次の例のように、リスクの伝え方次第で、受け止め方に大きな差(頻度表現>確率表現)が出る理由も、「分母の無視」で説明できます。頻度表現の効果は極めて大きいといえます※4。

A:「この病気にかかると1万人に1,286人が亡くなる」(頻度表現)
B:「この病気の死亡率は24.14%である」(確率表現)

この2つの情報を示されたとき、かなりの人がAの方が危険だと判断しました。死亡率はAが12.9%、Bが24.1%でAの死亡率はBの半分なのに、です。

さらに。こちらの情報を示されたときにも、Cの方がより危険だと判断されました※5。

C:「この病気にかかると1万に1,286人が亡くなる」
D:「この病気にかかると100人に24.4人が亡くなる」

相対的な頻度(○○人に〇人、○○回に〇回など)で表現する方が、抽象的な「確率(%)」「可能性」「リスク」などの言葉を使ったときより、確率の低い事象が課題に重みづけされます。システム1は全体より、個を扱う方が得意だからです。

2つの情報の分母を揃えて、直接比較できるようにすれば、システム1ではなく、システム2が判断を下すので、このようなことは起きないのです。また、確率よりも頻度で示した方がわかりやすくなりますが、頻度であっても分母を揃えて比較しないと容易に判断を誤ってしまいます。

※3Dale T. Miller, William Turnbull, and Cathy McFaland, “When a Coincidence Is Suspicious: The Role of Mental Simulation”, Journal of Personality and Social Psychology 57(1989):581-89
※4Kimihiko Yamagishi, “when a 12.86% Mortality Is More Dangerous Than 24.14%: Implications fot Risk Communication” Applied Cognitive Psychology 11 (1997): 495-506
※5出所は4と同じ

4.連言錯誤…特殊な状況の方が、それを含む一般的な状況よりも確率が高いと誤認する傾向

「リンダは31歳の独身女性。積極的に発言する非常に聡明な人である。大学での専攻は哲学だった。学生時代には差別や社会正義の問題に関心を持っていた。また反核運動にも参加したこともある。」
現在のリンダについて推測する場合、AとBのどちらの可能性が高いと思いますか?
A:リンダは銀行員である
B:リンダは銀行員でフェミニストである

あなたの答えはどうでしたか?アメリカの複数の主要大学の学部生を対象に行った実験※6では、80%程度がBの選択肢を選んだそうです。数学の集合としてはAの方が高いのですが、特徴が明示されたBを選択する人が多いのです。代表的に見える結果と人物描写が結びつくと、つじつまの合ったストーリーが出来上がります(システム1の得意技です)。「もっともらしさ(代表性)」と「起こりやすさ(確率)」の概念は簡単に混同されてしまうのです。

二つに事象が重なって起きること(「銀行員で、かつフェミニスト活動家=連言)」と「単一の事象(銀行員)」を直接比較したうえで、前者の確率が高いと判断する錯誤を「連言錯誤」(Conjunction fallacy)といいます。

※6Amos Tversky and Daniel Kahneman, “Extensional Versus Intuitive Reasoning: The Conjunction Fallacy in Probability Judgement,” Psychological Review 90(1983),293-315

思い込みや判断のバイアスを防ぐには

思い込みや判断のバイアスを完全に防ぐ方法はなさそうです。私たちは様々な情報を手掛かりに対象を判断しますが、その中には多かれ少なかれ、思い込みや認知バイアスが混入します。大切なことはバイアスの存在を常に意識し、判断や選択のエラーを招く理由を理解する能力を高めることです。
専門家は長年の経験と実践によって記憶に蓄えられた豊富な知識を、記憶の貯蔵庫から(システム1で)直観的に、正確に呼び出すことができます。専門的知識に基づく直観的思考は認識とのギャップが少なく、バイアスを招きにくいのです。例えば、将棋の高段者にとって定石を使っての勝負は、システム1が対応します。システム1は進化します。自分の専門領域では、認識と直感のズレが起きないよう、知識を蓄え、スキルを高めましょう。直感的な判断や選択には、専門的なスキルから導かれるものと、直感的なヒューリスティクスに基づくものがあるのです。


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