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【小説】ふたりのひとりごと

夏休みも終わりに差しかかろう、8月下旬のよく晴れた日の午後。高校生活最後となる展示会の作品を完成させるため、美術室で黙々とカンバスに絵の具をのせる。
外は茹だるように暑いが、美術室はクーラーが効いていて快適だ。グラウンドで声をあげる野球部を横目に飲むカフェオレはなんとも美味しい。
今日は部員も私1人なので悠々自適だ。

「ユキちゃん」

ふと名前を呼ばれた。
振り返るとバスケ部のリカが立っていた。
リカは中学からの付き合いで、私に会うという名目で時折こうして美術室へやってくる。

「美術室涼しい!」

リカが嬉しそうに言った言葉に、「そうでしょう」とまるで自分の部屋かのように得意げに言ってカンバスに向き直る。
リカは私の斜め後ろまで椅子を一脚ひきずってきて腰掛け、矢継ぎ早に話始めた。

「今日はコーチ機嫌悪くて、全員シュート決まるまで休憩なしでさ」
「アキコがね、靴下左右違うの履いてきてて!」
「ユキちゃん何飲んでるの?あ、そのカフェオレ美味しいよね!」
「新しいバスケシューズ欲しいんだよねー、お年玉貯金使おうかなー、どうしようかなー」

リカのおしゃべりは止まらない。その間、私はカンバスに筆を滑らせながら、時たま「うん、へえ、そう」程度の生返事をしていた。おそらく会話は成り立っていない。

「はー、楽しかった!またね!」

15分ほどひとりで喋ってリカは部活に戻っていった。
なにが楽しかったのかは謎である。
ただ、私もそれなりに楽しかった。

同じ空間にいて、お互いが好きなことだけをした。
それだけのことだが、それが許される関係はなかなか悪くない。

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