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てんぐの読書感想:三体2部 黒暗森林(上下)〜人類で最もチンケでタフなギャンブラー、その名はDr.ロジック

 Netflix版三体を見終わり、テンセント版も二周目に入ってる今日この頃ですが、文庫版の2部も読了いたしました。
 いやあ、オバマがこれにハマってたのも納得ですよ。あの「暗黒森林」学説に基づく恐怖を我が身に置き換えて実感できる読者って、世界中を探しても大統領在職当時のオバマ以上の人は、ちょっといないでしょう。

 そして、「オバマが三体にハマっていた」という逸話と照らし合わせてスリルを感じたシーンが、アメリカ国防長官だった面壁者一号が、自らの“計画”のために三体世界では生きていた“あの男”と面会したシーンでした。

 あの下り、オバマはどんな気分で読んでたんでしょうねえ。

 その面壁者一号が面会した人物の中には日本の防衛大臣がいて、彼が一号の立てた計画への、表面化しない範囲での最大級の嫌悪感の発露として引用したのが、銀英伝のヤン・ウェンリーがドーリア会戦直前に全艦隊に告げたセリフでした。
 この話自体は日本では有名になっていましたが、実際に読んでみると、銀英伝以外にも色々なSF作品からの引用やオマージュ、あるいは異議申し立てや反論、さらには劉慈欣からの「俺だったらこうするな」というメッセージも見受けられました。

 南米の反米ゲリラ指導者だった面壁者二号レイ・ディアスが大好きだったと明言したのは、「アメリカのアイコン」としてはこの上ない存在であるスーパーマンの映画(しかもクリストファー・リーヴ版)でした。
 また、あまりにもサラっと出てきたので逆にビックリしたのが、北京で本当にごく普通に暮らしてる爺さん三人組の会話で出てきた「無料の昼食なんて存在しない」ってセリフ。この言葉自体は社会学上の慣用句ではあるんですが、SFという媒体で使われる以上、連想されるべきはハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」でしょう。

 考えてみれば、レイ・ディアスの反米ゲリラ戦略の根幹も、月世界革命勢力と同じく、「“帝国”側に『割に合わない』とわからせて自ら勝負を降りさせる」でした。

 ハインライン繋がりで言えば、「宇宙の戦士」での敵性生物虫型生命体アラクニドの設定については共産主義社会への皮肉を込めたと言われています。
 となると、1部で智子からの「お前たちは虫けらだ」メッセージを受けた後、「虫けらが滅んだことなんて一度としてないんだ!」という大史が挙げた叫びは、アメリカSFの巨匠からの皮肉に対して劉慈欣が中国人として繰り出したカウンターパンチでもあったように見えてきます。

 話を銀英伝にちょっと戻すと、長征一万光年のあり得たかもしれない――あるいは真実の姿かもしれない光景や、フェザーン=地球教団の策謀はあったにせよ、「なぜ帝国と同盟というふたつの星間文明は抗争を延々と続けたのか?」という問い、あるいは自由惑星同盟が落日の時を迎えた中、ヤン・ファミリーやビュコック提督やジョアン・レベロが選んだ選択に対する、星間文明論または宇宙社会学というSF的な側面からの根拠も暗示されていました。

 でも、一番繋がりを感じたのは、名前こそ明記されてなかったですが、宇宙戦艦ヤマトかな。
 「暗黒森林」学説は、日本のSFファンの間でしばしば出てくる「何でヤマト世界の地球は何年かに一度のペースで異星人から狙われるんだ?」「ヤマトってシリーズごとにひとつは波動砲で異星文明滅ぼしてるよな」という茶化しや冷やかしに対する、恐ろしく生真面目に、そして絶対零度の酷薄さで出した回答でした。

 その「暗黒森林」学説への道筋を今回の主人公科学者の羅輯ルオ・ジーに示した人物こそ、この物語全ての始まりの人だった葉文潔イエ・ウェンジェ
 彼女が抱えた世界全てへの絶望をも明確に解析しようとした成果こそが「暗黒森林」学説であり、彼女は根っからの科学者だった、ということなのでしょう。
 Netflix版でのソール相手のあのジョークだと、「神というのは復活キン肉マンのザ・マンなみに荒っぽいから、天国では神の金的蹴りに備えてファールカップを常につけておけ」以上の情報がありませんでしたが。

 そして羅輯はその絶望そのものを煮詰めたような「暗黒森林」学説と向き合い、逆用したわけです。
 面壁者になったばかりの「おまえ、いくらなんでも仕事してるふりくらいはしろよ?」と言いたくなるくらい開き直った国連の金を食い散らかす自堕落大王、その奥に眠っていた生きるのに不自由するくらいのロマンチスト、三体人と戦う者を時を越えて守る――父親としては最低だけどアニキとしては最高な男たる大史ダーシーの相棒、そして挫折し続けた先達たちの積み重ねた結果を知り解析できる最後の面壁者。
 それら全ての自分を抱え込み三体星人相手にたったひとりで最後の大博打を打つ、チンケでタフなギャンブラーの姿を見てると、「実写ならチャウ・シンチーが似合いそうだな」って気がしますね。あの人なら、これら全部の姿を演じられそうですし。

 ちなみに。
 羅輯とは中国語でLogicと同じ音を持つそうです。
 なので、拙宅では彼のことを「Dr.ロジック」って呼んでました。あえて和訳すると「屁理屈くん」とかになりそう。

 三体についてもそうですが、「中国人の名前は漢字が難しくて読みが日本語と違うから覚えにくい」といって敬遠する向きがありますが、そういう時の対処法として、名前や行動などから勝手にあだ名をつけちゃうという手があります。テンセント版三体で大史の側近となった徐冰冰シュー・ビンビンだと、本編で常少将がつけた評価をそのままあだ名にして「十人前ちゃん」、という具合です。
 これをやると、そのキャラクターの立場や性格や能力などを覚えることと一石二鳥になって便利なんですよ。ぜひやってみてください。

 そんなわけで、この三体2部も途方もなく面白かったです。
 シリーズ完結編となる第3部「死神永生」上下巻が出るのは6月です。それまでに、銀英クラスタも他のSFファンも、たまたまNetflix版を見たという方も、期間分をお読みください。

 この暗黒の森林、入り込むとなかなか抜け出せませんぞー。
 恐ろしいけど楽しいですぞー。
 あのオバマも、斜め上くらいのガチ勢になってましたし。

 

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