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ここからは本気でパンを司る

シリーズ・現代川柳と短文 001
(写真でラジオポトフ川柳089)

 すこし前のことを思い出した。かつて、勤め先が入っていた某オフィスビルの1階に高いパン屋があり、そこで昼食のサンドイッチを買うのが日課だった時期のことだ。来る日も来る日もサンドイッチを食べながら、「ん? こんな経験、前にもしたことあるな〜」とよく思い出すことがあった。《こんな経験》とは、つまり来る日も来る日もサンドイッチを食べていた経験のことだ。いわゆるデジャヴュではない。つまり、ある特定の記憶を思い出したことがある、という記憶を2023年のいま思い出しました、という入れ子構造である。いや、である、じゃなくて。ともかく大学生時代、友達のすくなかったわたしは、学内のパン屋で買ったサンドイッチを食べながら昼休みを過ごすことが多かった。まだスマホも無い時代だったが、ただただサンドイッチを食べていたのだろうか。大学生らしい時間の過ごし方だ。その日も校舎の屋上でBLTサンドをもしゃもしゃ食べていると、いつのまにか屋上にもうひとり、汚れた作業着姿の人物が立っていた。この文章は実話怪談ではないのでさっさと書けば、それは外壁塗装業者のおじさんだった。ちょうど校舎の外壁の塗り直し時期だったのだ。思い起こせば屋上のところどころに足場のパイプやブルーシートがあったような気もするが、それはいまねつ造した記憶かもしれない。とくに会話は交わさず、けれど互いの視界の端に認識しあいながら、シンナー臭の漂う屋上でおじさんと過ごした数分間。先に屋上をあとにしたのが自分だったかおじさんだったかはもう思い出せない。というか、こうしていま書いている「おじさん」のことも、なんだか自分を指す言葉のように思えてきてならない。

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