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【昏睡】 #532

ワタシは今
昏睡状態にある

医者や医療スタッフ
家族や友人は皆
ワタシの実際の状況を知らない

側から見ると
24時間全く動かず
変わらない
ただ眠っているような
そんな感じでしかないだろう

でも
実際には
日中は起きていて
夜は眠っている
夢だってみる
分からないだろうけど

動かない
人形のようなワタシ
生命維持装置を外したら
死にます

日中は起きていて
夜は寝ているが
最近もう一つの状況が生まれた

何と言ったら良いのだろう
簡単に言ってしまうと
『生』と『死』の狭間の
とてと深く長い時間

『生』と『死』の間に
こんな世界があるとは知らなかった

夢を見ているわけでは無い
空想や妄想でも無い

真実であり
真実では無い
リアルであり
リアルでは無い
と言った感じなのかしら
こんな体験はした事が無いので
説明できない

したくても
昏睡状態であるワタシには
それを伝える術が無い

それが始まった瞬間は
自分が生まれて
今までの全ての出来事と
全ての人人が同時に存在する場であった

それがゆっくり
まるで自分の記憶から
忘れ去られて行くように
少しずつ消えていく

そこに自分の意思は無い
静かに消えていく

そしてそんな状態から
また現実の世界へ引き戻される

看護師さんは
点滴の交換に現れると
「ナオミさん
点滴交換しますねぇ
今日はお外はスゴく
天気が良いですよぉ
早く良くなって
お散歩しましょうねっ」

ちゃんと聞こえています
ありがとう

ワタシはもう無理なのかしら

そうこうしていると
また
あの世界がやって来た

子供の頃の世界がほぼ消えてしまった
残りの約10年分の場所と人が目の前にいる

消えていく順番にルールは無いようだ
とても大切な物や人や思い出の場所でも消えてしまう
ワタシにとってそれほど大切でも無い人より先に
大切でも無い物より先に
大切でも無い場所より先に

もちろん
まだまだ沢山の大切はそこにある
思い出の物を手に取ったり
大切な人とお話したり
思い入れのある場所で過ごしたり

とても深く長く続く
もう現実の世界に戻ってこれないんじゃ無いだろうかって思うくらい

というか
もう現実という概念も消え始めている
病院もその世界にも存在して居る
何が何だか分からない



ある時
今まで
この世界で会った人の中には
1度も話をした事無い人がいた



理由は簡単だった

死んだ人と話すのが怖かった

しかし今日は不意にというか
何となく話してみようと思った


友達のお姉ちゃんとベンチで話をした


このお姉ちゃんは現実の世界では
癌でもう死んでいる

でもココには居る

「お姉ちゃん
ワタシね今
昏睡状態なの
お姉ちゃんは昏睡状態になったりした?」


「うぅうん
私はならなかったよ」


「そっかぁ…」


「でもねぇ
昏睡状態にはならなかったけれど
死ぬ瞬間だと思うんだけど
私のイメージでは
自分の人生の長さと同じくらい
この世界に居たのよ」


「そーなの?
じゃあワタシもそうなるのかしら?」


「それは無いと思うよ」


「どうして?」


「それはナオミちゃんが
私を選んでお話しているからよ
私は自分より先に死んだ人とはお話しなかったの
怖かったから」


「どうして怖かったの?」


「多分ね
執着心が強かったからだと思う
ナオミちゃんには言っとくね
執着心は捨てなさい」


「えっえっ
どうして?
どうして?」


「それは辛い結末になるから
私はホントに執着心が強かったから
消えていく度にとても苦しい思いをしたの

人が死ぬ時
全ての人がこの世界に来るのかどうかは分からないけれど
多くの人は通っていると思うの

ホントの死は
全ての執着心を捨て
現世にある物は無くさないと
ずっとこの苦しい時間を過ごすしか無いの

私は時間がかかったけれど
執着心を捨てた時
とても清々しい気持ちになったわ
現世の物は現世の物
お返しするのよ

ナオミちゃん
執着心は捨てなさい」


「何となく分かった
ここの世界
なんだか不安だったんだけど
お姉ちゃんの話を聞いてると
楽になった気がするよ

それから
もう死んじゃうって事も
受け入れるよ
仕方ないもんね

お姉ちゃんの言う通り
執着心を無くすように
やってみるよ

ありがとう」


既にお姉ちゃんは消えていた

少しずつ
少しずつ
思い出が消えていく

一番最後に残るのは
物かしら
人かしら
場所かしら
何が最後なんだろう






ほな!

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