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【ホームレス最後の一日】 #893


もう死のうと思ったホームレスが
最後に必死に貯め込んだお金で銭湯に行きカラダを洗い清め
その次に床屋へ行き髪の毛をサッパリ切ってもらい
洋服屋へ行きスーツを購入し
新しい下着と靴下に新しい革靴を手に入れ
最後の晩餐に選んだのは洋食屋のハンバーグ
ライスは頼まずビールを注文

もう思い残す事は無い
目星を付けたビルに向い
そこの屋上から飛び降りるだけで良い

第一候補のビルへ行くと中には入れたのだが
エレベーターには乗れなかったビルのIDカードをかざさないと使えない
階段を探したがこちらも同様にIDカードが必要だった

諦めて別のビルに行くと警備員が入口におりどこのフロアのどの会社に行くのか尋ねられた

どんな会社が入っているのか知らなかったので適当な会社名を言ったら
丁寧にこのビルでは無い事を教えてくれた

仕方がないのでもう一つの候補のビルに行くと警備員もおらずエレベーターに乗れたのだが三階までしか使えず
それより上に行きたい場合にはやはりIDカードが必要だった


諦めて外をフラフラ歩いていると目の前に百貨店が飛び込んで来た
あそこなら間違いなく屋上まで行ける

ホームレスは気持ちが上がった
よし行くぞ

百貨店に入ると真正面のフロア案内の女性に笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えられた

軽く会釈をしてエレベーターを探した

エレベーターは直ぐに見つかった
三機並んでいて屋上まで行けるのは一機のみだった

なかなか下りて来ない
どうしてこう百貨店のエレベーターは鈍いのだ

一つずつ止まっては長い間そのフロアで動かない

何分待たせる気だ

時計が無いから分からないけど五分くらい待った気がする

やっと下りてきたエレベーターに乗り込むと地下の食品売り場に下りてしまった

仕方なしにそのまま乗ってRのボタンを押した

このRってなんだろ?

学のないホームレスには分からなかった
また一階に戻ったらさっき同じように待っていた人とまた会った
なんだか気まずい
きっとこいつ慌てん坊だなと思われているに違いない

ワンフロア毎に止まり人が降り人が入ってくる

時には降りる人を待たずにグイグイはいろうとしてくる人や
乗って次のフロアで降りるのに奥まで入って
また奥から人をかき分けて降りる人が居たりと
こんなだからノロノロとしか進まないのだ
ちょっと考えたら分かる事なのに
皆んな自己中過ぎる


なんとかストレスも感じつつやっとの思いで屋上にたどり着いた
最後までエレベーターに残り屋上で降りたのはホームレスだけだった

そこに広がる光景は令和の光景では無い
完全に時間が止まっている
バリバリの昭和

真ん中の広い空間ではパンダ号にまたがる女の子
横の大きなテントにはお金を入れたら大きな音を立てて前後に揺れるキャラクターの乗り物や奥にはテレビゲーム機が並んでいた
よく見ると隅の方には綿菓子の機械もあった


此処はホントに現在の世界なのか?

よく見ると大人が居ない
遊んでいる子供たちばかりで
親たちは何処に行ったんだ?

自分の足元を見た

うん?

半ズボンを履いている
なんだ?

鏡を探した

見つけたのはマジックミラーだ
あの顔が長くなったり足が極端に短く写る鏡だ

それでも自分の姿は写し出せる


ホームレスは愕然とした

自分も小学生になっていた
此処はピノキオに出てくるワンダーランドなのか?

という事は遊んでいる内にロバになってしまうのか?

それは困る
今から飛び降りようとしているのに
ロバになってしまったらあの柵を登る事ができないじゃ無いか

ホームレスは急いで柵の所まで駆け寄った
すると眼下に広がる街並みも昭和だった
どうなっているんだ

そう思って柵を掴もうとしたらカツンっと音がした

手がヒヅメになっているではないか
早すぎる
もうロバが始まっている

後ろを振り返るとそこにはもう子供の姿は無く
沢山のロバで溢れかえっていた

ホームレスはパニックになりながらも
エレベーターへ走って行き
自分の鼻でエレベーターボタンを押した

なかなか来ない

またかぁ

後ろを見ると怖そうな男たちにロバは連れられて行っている
早く逃げなきゃ

でもエレベーターはなかなか来ない
ワンフロア毎に長く止まる

遠くから男の声が聞こえる

ヤバい早くエレベーター来て

男が近づいて来る

もうすぐエレベーターが到着する
もうすぐだ

何とか間に合ったと思った瞬間
男に肩を掴まれた


「大丈夫ですか?」

うん?

「大丈夫ですか?」

「えっ?」


「急に倒れたので
貧血かなぁ
大丈夫ですか?」

「あっあっそうなんですか
すいません
大丈夫です多分…」

「大丈夫なら良いんですが
一応医務室に行かれた方がいいんじゃないですか
多分あると思うので」

周りを見回したらエレベーターに乗っている人が皆心配そうにホームレスを見ていた

次に止まったフロアでホームレスは降りたら
同じく降りた婦人が近くの店員に声をかけてホームレスを指さした

店員は急いでかけより

「大丈夫ですか?
念のために医務室に行きましょう
ご案内致します」

有無を言わさない感じに押されつつホームレスは一つ下の階にある医務室に連れて行かれた

そしてベッドに横になるよう伝えられた
ホームレスは仕方なしにベッドに寝た

何をしているんだ
まぁロバよりは良い

横になっていると保険の先生みたいなのが現れた
色々質問された
最近の食生活や睡眠なんかについて聞かれても
なかなか正直には言えない

病院では無いので点滴は打てない
その代わりにビタミン剤を貰って飲んだ

保険の先生みたいなのに
もう少しだけ横になってた方が良いと言われ
何となく断る事もできず横になった

保険の先生みたいなのが部屋から出て行った


自分は何をしているのだ

どうして屋上に上がらせてくれないのだ

死んではいけないのか?

ホームレスである自分がこの世から居なくなったところで誰も困る事は無いだろ


次に現れたのは警察官二人だった

「そのまま寝ていて構いません
アナタの名前は山田ヤスシですね」

「えっあっはい…」

「疲れているところを申し訳ないが
署まで来てもらおう」

「はい」

「起き上がれるか?
手を貸そうか」

「いえ大丈夫です」

ホームレスは起き上がり立った

「申し訳ないが後ろを向いて両腕を後ろに出してもらえないか」

ホームレスは従った

そして彼の手は手錠で拘束された

手錠の上からタオルをかけ見えないようにして
バックヤードの従業員通用口からパトカーに乗り警察署へ連れて行かれた

もう少しで時効が成立する筈だった

身なりを整えなければ見つからなかったのに
屋上に上がる為にした事により見つかってしまった

もう彼は屋上に上がる事も無い
そのまま刑務所行きだ



ほな!

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