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【僕の先輩】 #890



いつも豪快で後輩の面倒見の良い先輩が自死した

僕が仕事の失敗や同僚からのイジメなんかでクヨクヨしてたらいつも

「気にすんな大丈夫や」

そう言って笑い飛ばしてくれた先輩


ホントはいちばん心が繊細な人だったのかもしれない
あれだけ目配せ気配りができたのも
繊細な心を持っていたからこそだったんだ


先輩は僕が会社に入った時に色々と仕事を教えてくれた人
その後お互いの移動で別部署になっても何かにつけて気にかけてくれていた

だいたい月に一回は飲みに誘ってくれた
その時に色々会社での事について相談に乗ってくれた

時々家にも招待してくれてご飯をご馳走になったりもした
キレイな奥様と可愛い娘さん二人が居てとても幸せそうだった

僕も先輩みたいにいつかは結婚して先輩に負けないくらい幸せな家庭を作ってやろう
そう思っていた

なのにどうして

遺書も日記も見つからず
自死の原因は分からなかった

僕はずっと先輩に助けられてばかりいたので
これからは先輩に報いるためにも
この家族は見守っていこうと決心した

奥様とは以前LINEを交換していたので
時々メッセージをしている

最初は既読スルーが続いた

でも僕はめげずに励まし続けた

あまりしつこくならない程度に

返事が来たのは一周忌が過ぎた辺りからだった
今は生活の為パートを辞めて就職して事務の仕事をしているそうだ
まだ精神的には辛いけれど一周忌が過ぎて先輩の死もなんとか受け止められるようになったそうだ

二人の娘さんたちも徐々にではあるが明るさも取り戻し
少しずつではあるが家族に笑顔が戻りつつある

一周忌の法要は親族だけで行ったので
僕は線香をあげさせてもらえませんかと伝えた


そしたら是非という事で
久しぶりに奥様や娘さんたちに会いに行く事となった


「お久しぶりです」

「どうぞ上がって下さい
ごめんなさいね散らかってて」

「いえいえ全然キレイじゃ無いですか
一人暮らしの僕の部屋なんて
汚いっすからねぇ」

そう言ったら少しだけ笑ってくれた

仕事帰りにお邪魔したので二人の娘さんたちも居た

「久しぶりだね
今日はお父さんに挨拶に来させてもらったんだ

ほらっコレ後で皆んなで食べよう
ここのケーキ美味しいから

ちゃんとお父さんの分も買ってきてあるよ」


下の子は久しぶりでちょっとだけモジモジしてた
お姉ちゃんがありがとうって言ってくれた

僕は奥の仏壇のある部屋に通され
先輩に挨拶して

「お久しぶりです
天国はどうですか?
穏やかに過ごされてる事を信じていますよ

僕ね先輩が居なくなって
ホントに先輩の存在って大きかったんだなって思ったんですよ
でね僕も頑張らないとって
今は一所懸命にやってます

それから先輩
奥様や娘さんたちは僕に任せて下さい
これからもサポートしていきますから

また会いに来ますね」


挨拶を終えリビングに戻ると夕食の準備が進んでいた

「ヤスシさん
せっかくなんで夕ご飯食べていって下さい」


「えっ
そんなお気遣いしないで下さいよ」

「気遣いなんて
久しぶりのお客様だから
私たちも嬉しいのよ」

「マジっすか
じゃあお言葉に甘えて」


先輩には悪いけど
とても楽しかった

食事の後皆んなでケーキを食べて
僕は家路についた


やっぱりキレイだったなぁ奥さん



それからもちょくちょくLINEを送っていた
もちろん返事はちゃんと来る

先輩家族をサポートするって言うより
最近では実を言うと奥さんとのLINEが単純に楽しみになっていた

もちろんしつこくならない程度に留めている


でも気持ちだけは加速して行き
気が付いたら夜中にクルマを走らせ
家まで行ってしまう事もあった

コレってストーカー?

いや勝手に見てるだけだから…


そんなLINEのやり取りが続く中
僕はある夜またクルマを走らせてしまった
そして見てはいけないものを見てしまった

家の前にタクシーが停まって
中から奥さんと男性が降りてきた
二人はハグして
男性はタクシーまた乗り去って行った


僕はクルマの中で一人パニックになっていた
そしてその出来事で僕の心は極端に動いてしまい
前よりも頻繁にLINEをしてしまうようになった


そんなある日
奥さんの方から丁寧なLINEが来た

自分には今支えてくれる人が現れて
娘たちもその人になついていて
家族三人とも充実した日々を送っておりますので
気にかけて下さるヤスシさんに申し訳ないなと思っております
私はも大丈夫ですから
LINEはこれでもう終わりにしましょう

これからも旦那の事はよろしくお願いします



僕は谷底に落とされた気分だった

今まで何をやって来たんだ
勝手に好きになって
もしかしたら奥さんとお付き合いできるかもなんて
勝手に考えてた

あの時のあの男に違いない
あの男さえ居なければ
奥さんは僕の物だったんだ
クソっ


僕はもう一度だけLINEを送った

話は分かりましたと
ただ最後にもう一度だけ
先輩に挨拶させてほしいと
そして
どうしても平日の午前中にしか時間が無い事も伝えた


そしたら奥さんは最後という事でわざわざ時間を作ってくれた

僕は当日バッグの中にガムテープやロープそれからナイフを忍ばせて家に向かった


チャイムを押すと
奥さんが現れた

そして仏壇のある部屋へと向かった
するとそこには恐らくあの時のであろう男性も居て
爽やかに

「ナオミさんから話は聞いていました
ご主人の可愛がられていた後輩の方なんですよね
わざわざありがとうございます
私たちはリビングにおりますので
終わりましたらリビングまでお越し下さい

では」


そう言って二人は去って行った

なんだよコレ
計算違いだよ
なんで男が居るんだよ

拍子抜けてしまった

僕は先輩にはろくすっぽ挨拶もせず
リビングにも立ち寄らず
さっさと帰った

その後奥さんからLINEが来るかなとも思ったのだが
一切来なかった
それどころかLINEが消えていた



何もかもが終わってしまった

家に帰ってテレビを付けたら
ニュースで電車で包丁を振り回して警察に捕まった事件の事が報道されていた




ほな!

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