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短編小説「ヒーローソングが鳴り止んだ日」

第一章 戦えスネイクマン

俺の名前は南隼人。交番勤務をしている警察官である。しかし、俺には誰にも知られていないもう一つの姿がある。

バイクで巡回すると、至る所に同じ貼り紙を見る。
『ドラガーを排除せよ!』
龍神ドラガーはこの街に頻繁に現れる巨大怪人だ。市民からはあの怪人を早急に排除して欲しいという声が多数上がっている。
奴はこの街を破壊し、死者行方不明者も多数出ている。今もなおいつ現れるか分からないのだから、市民の声はもっともだ。

ふと右側の電柱を見やると、男がまさに貼り紙をしているところだった。
「お兄さん、ここは貼り紙禁止です。早急に剥がしなさい。」
男はぎょっとした目で振り返り、いきなり物凄い剣幕で怒鳴り始めた。
「何だ!警察だからって偉ぶりやがって!大体警察に何ができた??あぁ!いつだってお前らスネイクマンが来るのを待ってるだけじゃねえか!税金ドロボーが!」
一息でまくし立てると、男は早足で立ち去った。
貼り紙を1枚ずつ電柱から剥がしながら、俺は悦に入る。
そう、確かに警察は何もできない。自衛隊も、米軍でさえも、あの怪人相手にはなすすべがなかった。
だが、俺はそうではない。
俺には力がある。選ばれし者の力が。

その時、けたたましいアラートが鳴った。
また来た、奴だ。
『住民の皆さん!龍神ドラガーが出現しました!至急、避難して下さい!至急、避難して下さい!』
緊迫した声で怒鳴るように呼びかけるアナウンスとは裏腹に、住民達は避難する気は無さそうだ。呑気に家の窓から顔を出して外を伺っている。
スネイクマンが来るから大丈夫と高を括っているのだろう。
人間の慣れとは怖いものだ。
「この辺りからなら、ラウワンかな?」
変身する時は空中でと決めている。
地上だと変身と同時に周囲の建物を吹き飛ばしてしまうかもしれないし、変身の瞬間を誰かに見られる恐れもある。
この辺りで変身によく使っている建物は南へ3km行った所にあるラウンドワンだ。
あのビルは屋上まで出ればかなり高く、またゲームセンターなら警察の制服を着た俺が定期的に行っても巡回を装うことができるのだ。
俺はラウンドワンまでバイクで向かい、最上階から外階段をよじ登って屋上まで上がった。
そして大きなボウリングのピンを背に、屋上を飛び降りる。
途端、視界が真っ白になった。
そして、重力がなくなったような浮遊感。
俺の一番好きな瞬間だ。
俺は雲の中を突っ切った。
そうだ。俺はスネイクマン、この街を守るヒーローである。

ものの数秒でドラガーが暴れている場所まで飛んできた。
また街を破壊している。
俺は奴に向かっていった。
最初は低く屈んでタックル、その後、馬乗りになって頭部を攻撃。
しかし、奴はすぐに返す。
その後、奴のパンチをかわし、俺もパンチ、キック・・・。
死闘の末、俺は奴に最大の一撃を入れた。
全神経を拳に集中させ、赤く燃え上がるように光るパンチを奴の胸に放つ。
激しい赤紫色の炎を出して、龍神ドラガーは大爆発した。
最期に何か言ったような気がするが、よく分からない。

ドラガーは死んだ。
俺が倒した。ヒーローとして俺が倒したのだ。
子供たちの声援が聞こえた。
子供だけじゃない、大人たちも皆、高らかに声を上げている。

「ありがとー!スネイクマン!!」
「ヒーロー!ありがとう!」
「この街の救世主!」
「スネイクマン!スネイクマン!スネイクマン!」
「スネイクマン!!!」

俺は誇らしい気分で空に飛び立った。
変身を解き、ラウンドワンの屋上に降りる。
長きにわたるドラガーとの闘いが終わったのだ。今日は帰ったらビールを飲もう。誰ともこの気持ちは共有できないのがもどかしい。
せめて一人で祝杯を上げよう。
「南さん!」
ふいに声がした。
ボウリングのピンの影に見覚えのある女子高生が立っている。
「沙耶か。」
「南さん何やってんの?」
「ん?巡回だよ。」
「屋上まで?」
「屋上でタバコ吸ったりする、お前みたいな非行少女がいないか見回ってんだよ。」
「あたし、もうそんなことしてないもん。」
「そうだったな。すまんすまん。」
工藤沙耶はこの近所の進学校に通う女子高生だ。
決して根が悪い子ではないし頭もいいが、一時期は少し非行に走っていた。
タバコを吸ったり万引きをしたところを何度か補導して、親を呼び出し説教したことがある。
父子家庭であまり家族の時間が取れていないのかと心配していたが、もう大丈夫なようだ。あの父親なら、この子が完全に腐ってしまうことは無いだろう。
「お父さん心配しないうちに帰れよ。」
「うん。」
俺はそう言って、屋上を後にした。

朝日が目に刺さる。
テレビの音もうるさい。昨晩見ていた時はさほど大きく感じなかったのに、今は頭に響く。
飲んでそのまま寝落ちてしまったようだ。
今日は遅番だから昼過ぎに交番に行けばいいが、流石に飲み過ぎたか。
テレビがうるさい。音が大きいだけでなく、緊迫したアナウンサーの声が酒の抜けていない脳みそを刺激する。
「これが昨晩の火事の様子です。ドラガーの爆発によって民家や商業施設で複数の火災が発生し、今なお消火活動が続いています。」
「うーん。これは大変な事態ですね。発端になった昨日のスネイクマンとドラガーの戦いを見てみましょう。」
昨日の死闘がVTRに映し出された。
何を騒いでやがる。
ドラガーはもう死んだ。やっと平和になると言うのに何を非常事態かのように騒いでいるのか。
「しかしですね、スネイクマンも闘いながら躊躇なく街を破壊しています。世間ではドラガーを怪人、スネイクマンをヒーローかのように扱いますが、私の目には巨大怪人2体が街中で暴れているようにしか見えませんな。」
何を言っているんだ、このコメンテーターのオヤジは。
俺が闘わなければ、この街は完全に消し飛んでいただろうに。
全く腹が立つ。
「確かに。ラビットスターが暴れた時、突如現れて闘った龍神ドラガーを我々はヒーローかのように囃し立てましたからね。」
画面に2年前の首都決戦が流れる。
龍神ドラガーは当時、ヒーローだと思われていた。あの首都決戦で東京を火の海にするまでは。


第二章 その名は龍神ドラガー

息が苦しい。私は何故、こんな目に遭っているんだ。
立て続けに繰り出されるパンチ、キック、体が言う事を聞かず、交わす事もままならない。
ふと画が浮かんだ。小さい娘を抱き上げる妻を描いた画だ。走馬灯だろうか。娘が産まれてすぐ、私が描いたものだ。
私はどこで道を間違えたのだろう。

若い頃、私は画家を目指して毎日キャンバスの前で絵の具に塗れていた。
そんな私を妻は献身的に支えてくれた。
「私はあなたが好きだから。あなたが描く世界も好き。だからあなたからそれを取り上げたくないのよ。」
妻はそう言った。
「恵理子、いつか必ず幸せにしてやるから。もう少しだけ待っていてくれ。」
「うん。大丈夫。あなたには才能があるから。信じてる。」
そんな美しくて優しい妻はしかし、娘が5歳の時に病で亡くなった。
私は画の道を諦め、昼は工場、夜は居酒屋で必死になって働いた。
妻から託されたたった一人の娘を守るために。

ある日の夜中、布団で眠っていると遠くで子供のなく声が聞こえて目が覚めた。
子供だけじゃない、多くの人々が泣き叫ぶ声。
再び目を瞑ると、瞼の裏に景色が見えた。悲惨な景色だ。
東京の街が真っ赤に燃え、多くの人々が逃げまどっている。
その中で、娘が泣いている。
最愛の娘が。
「お父さん?」
目を開けると娘が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
「いや、大丈夫だよ。」
「私が着いてるから、怖くないよ。」
「ありがとう。お前は優しいな。」
この子の大きくて優しい瞳は、妻によく似ている。
「お父さんが、何があっても守ってやるからな。」
翌朝、街に巨大な怪人が現れた。
ラビットスター。長い耳と赤い目を持ったそれに、親しみを込めて人々はそう名付けた。
ラビットスターはかつてヒーローと呼ばれていた。
しかし奴は怪人を倒した後、人間を踏みつけ街を破壊した。
詰まる所、怪人を倒したヒーローが新たな怪人になってしまったのだ。
そして、昨晩私が夢に見た光景には奴がいた。
泣き叫ぶ娘の背後に奴が立っていた。
私は、娘を守るためなら何だってする。
そう思った時、私は家から飛び出し、奴に向かって走った。
何故だか、私には闘えるという確信があった。あの巨大怪人を相手にできる自信があった。
いきなり私の走る足が軽くなった。いや、重くなったのか。しかし、体に力がみなぎり、私はものすごい速さで奴に駆け寄った。体勢を低くし、タックルのように飛び掛かる。しかし、奴は踏みとどまった。
パンチ、キック、チョップ、頭突き、とにかく打撃の応酬が続く。
互いに体力の限界が来た時、奴は激しく発光して姿を消した。
周りを見渡すと、足元で小さな人々が私を見上げている。
私は短く声を上げて空へ飛び立つ。大地が小さくなっていく。私は空を飛んだ。何故飛べるのかは分からない。しかし、私は飛べる。

家に帰ると、娘が私に駆け寄って飛び掛かるように抱き着いてきた。
「お父さん!」
「ごめんな、怖かったな。」
「怖かったよ。お父さん、帰って来ないんじゃないかって思った。」
「大丈夫。お父さんは絶対帰ってくる。お前を一人ぽっちにはさせないよ。」
私はそう言って娘の肩を強く、強く抱きしめた。
「お父さん、苦しい。」
「ごめん、ごめんな。」
妻は私に最大の贈り物をくれた。この子の為なら、私はどんな相手とも闘える。世界を守ろうなんて考えちゃいない。私はこの子を守る。たった一人の娘を守る。そのついでに世界を守ってやるのだ。
翌朝の新聞の見出しにはでかでかとこう書いてあった。
『救世主、龍神ドラガー現る!!』
龍神ドラガー、私はそう呼ばれている。
人々が救世主と呼ぶその男はただ娘想いな父親なのだ。

ラビットスターとの闘いは数年に渡り続いた。
奴がいつ現れるか分からない恐怖感も次第に薄れ、街の人々はドラガーが何とかするから大丈夫という空気だ。中には、いつまでもダラダラやってないでさっさと怪人倒せなどとヒーローに文句を垂れる輩まで現れている。
ある日、仕事中に電話が鳴った。交番の番号だ。またかと私はため息をついた。
工場内は作業音がうるさいので、事務所に飛び込んで電話に出る。
「はい、工藤です。」
「娘さんを補導しましたので、お迎えに来ていただけますか。」
「娘がまた何か?」
「未成年喫煙です。」
あんなに私にベッタリだった娘がもう高校生だ。
進学校に入学したはいいが、勉強に付いていけずに中学の同級生だったヤンチャな子らとつるんで明け方まで遊び歩いている。
最近は家にいても常に怒鳴りあいの喧嘩だ。
警察の世話になるのもこれで3回目になる。
私は工場長に詫びながら交番へ急いだ。
交番に入ると娘が椅子にだらしなく座っていた。
「沙耶!」
娘は何も言わず、こちらを見ようともしない。
「お父さん、ご足労おかけしました。」
「こちらこそ、娘がまたご迷惑をかけまして。」
以前にも娘を補導したことのある若い警察官だ。
南さんと言ったか。
私は彼に深々と頭を下げ、娘を連れて帰った。
家まで帰る道すがら、私は娘に尋ねた。
「お前、何でタバコを吸った?」
「別に。」
「何で学校の友達と遊ばない。」
「中学の時の奴らといた方が面白いからじゃん。」
「夜中まで遊び歩いて、警察の厄介になるようなことまでして。父さん、お前を守ってやれなくなるぞ。」
「誰が守ってくれなんか言ったんだよ!!!」
娘は声を荒げた。
「父親面すんなよ!」
「俺はお前の父親だ!」
「今更、あたしがしんどい時だって何にもしてくれなかったじゃん!」
私は黙った。高校に入学してすぐ、娘の顔が明らかに曇っていた事には気が付いていた。しかし、その頃私は娘の学費を稼ぐために仕事を増やし、おまけにラビットスターとの戦闘も続いていた。連日の疲れは癒えず、娘の悩みを聞いてやる余裕がなかった。
「母さんが生きてたら、聞いてくれたかもね!!」
娘は叫んだ。
私は静かに、呟いた。
「すまん。」
それ以上何を言っていいのか、私に何を言う資格があるのか分からない。
でも、それでも私はこの子を守りたい。何があっても。
私は隣を歩く娘の方は見ず、ただ前を向いて歩きながら言った。
「自分の事を、大切にしてくれ。勉強なんかどうでもいい。友達と上手くいかなくても、気にしなくていい。ただ、お前は母さんが産んだ子だ。だから、自分を傷つけるようなことはしないでくれ。」
娘は返事をしなかった。
ただ二人とも無言のまま家に帰った。


第三章 私のヒーロー達

父が泣いているのを見たのは二度だ。他にもあったかもしれないが、私が覚えているのは2回だけ。
一度目は家の玄関でまだ小さかった私を抱き寄せて、静かに泣いていた。
何故かは分からない。抱きしめられたのが苦しかったことだけはおぼろげに覚えている。
二度目は私が高校1年の時だ。タバコを吸って補導された私を父は迎えに来た。汚い工場の作業着のままだったのが恥ずかしかった。その帰り道に私は母の話をした。
父の目に光るものが見えた時、私は後悔した。そして恥ずかしかった。
決して父が嫌いなわけではない。自分でもどうしていいか分からなかったのだ。上手くいかないことが多くて、何かのせいにしないとやってらんなくて。
父は母を愛していた。そして私の事も、心から愛してくれていた。
だから、父に決して言ってはいけない事を言ってしまったと気が付いた時、私の目にも涙が溢れそうになった。
何も言葉が出なくて、家に着くまで二人とも無言だった。

それから数日後、私は中学が同じだった不良グループを抜けた。
しかし、連絡を絶ってしばらくしたころ、家に帰る道すがらで彼女らが待ち伏せをしていた。しかも大学生くらいの歳の男が数人着いている。
私は彼女らの言うままにゲームセンターの裏まで連れていかれた。
「お前さ、うちらのグループ抜けようってんの?」
「うん。悪いけど、もうあんた達とは一緒にいたくないの。」
「お前、舐めてんのか!あぁぁ?」
「ねえ、こいつ、ヤッちゃっていいよ~!」
グループのリーダーだったユイが男子たちに声をかけた。
「うーい。」
「まじで、これ楽しみに来たんだよ~。」
男たちの気味の悪い笑みが見えて私は寒気がした。
何で私はこうなんだろう。いつも誰かを傷つけて、勝手に自分も傷ついて。
父さんの横顔を思い出した。目が少し光る、父さんの横顔。

「おい!何してる!!!」
ふいに声がした。
「沙耶か?」
「え、南?」
私を何度も補導したサツだ。
「お前ら、何してんだ?沙耶を囲んで。」
「おい、サツじゃん!!」
「うっざ、おい逃げるぞ!」
南は逃げようとした男の一人の首を後ろからつかんで、睨みつけた。
「お前、川野組に出入りしてるチンピラだろ?こんなくだらない事で検挙されたら、組に迷惑かかるって分かってるか?」
「はあ?お前、警察が脅そうってのかよ!」
「ああ、そうだ。マル暴には俺の同期もいる。この子に二度と関わるなよ?次こんなことしてみろ、いくらでもガサ入れれるぞ。」
南はそう言ってから男を突き放し、全員を睨みつけた。
「分かったらさっさと行け!」
全員が速足でその場を立ち去ると、南は振り返って私を見た。
「お前も早く帰れ。お父さん心配するぞ。」
「うん。ありがと。」
南は私を家まで送り届けるとそそくさと帰ってしまった。


第四章 ヒーロー、その栄光の果てに

街が叫んでいる。
街が私に暴言を吐く。
ドラガーを排除せよ!と。
街中いたるところに張り紙がしてある。

私は戦った。愛する娘の為に。娘が暮らすこの世界を守るために。
だが、変身する度に感じていたことがある。
力がみなぎる充実感、ヒーローと称えられる優越感。
画家を目指していたころには掴めなかった栄光を私は手にした。
だから、どこかで忘れていたのだ。この力でいとも簡単に人を殺せることを。それも一瞬にして大量に。
もちろん、殺そうと思って殺すことなどない。
私は常にラビットスターを倒す為に戦っていた。だが、戦いの過程で誰かを犠牲にしてしまうことを気に留めなくなっている自分がいたのだ。
その結果がこれだ。
龍神ドラガーは巨大怪人と呼ばれるようになった。

『ドラガーを排除せよ!』
『怪人から世界を守れ!』
『ドラガー殲滅!!』
『スネイクマンに栄光を!』

確かに私は大勢死なせてしまった。
足元に人がいて、怪人を投げた先にも人がいる。
それなのに私は目の前の怪人しか見ていなかった。
気が付いた時には、爆発したラビットスターの破片と燃え盛る炎。
その真ん中に、私は、龍神ドラガーは立っていた。

『ドラガーを排除せよ!』

頭が割れる。
何故だ、私はただ娘を守りたかっただけだ。
そのついでに世界を守る気もあった。
実際、怪人は倒したのだ。なのになぜ!

気が付いたら私は変身していた。
もう私は何がしたいのか分からない。
ただこの力の赴くままに、私は動いた。
誰か、私を認めてくれ。私はヒーローだ。
私は、世界を救ったんだ!

繰り出されるパンチ、キック。
スネイクマンの攻撃は止む気配がない。
あんなに無限に感じられた私の力はもはやないようだ。私は攻撃を受けるしかなかった。
私の描いた画が浮かぶ。
走馬灯ならせめて本物の、娘の顔を見せてくれ。
妻の顔も見せてくれ。
「恵理子、沙耶・・・」
視界が真っ白に、もしくは真っ黒になった。
音もなく、ただ静かに。


最終章 ヒーローソングが鳴り止んだ日

火災の様子が映し出された。
大きな商業施設が爆発で半壊している。ドラガーと戦ったすぐ近くにあったショッピングモールだ。マンションや戸建ても、高速道路も一部破壊されているようだ。
これは、本当に俺がやったのか?
街は姿を変えた。この街を守りたくて、俺は戦っていたのに。
どこかで俺は優越感を感じていたのだ。
今だって、怪人を倒したんだから火事くらい当然だと思っていたのだ。
この惨状を見るまでは。
テレビは死者行方不明者を報道し続けている。
俺は、ヒーローだ。間違いなく、ヒーローなんだ。
子供のころからヒーローに憧れていた。
高校を卒業して警察官になったのも、どこかでそれを覚えていたからだろう。
俺はこの街を守りたかっただけなんだ。

その日から街は様変わりした。
至る所に貼ってあった、
『頑張れ、スネイクマン』
の張り紙はスプレーペイントで
『撃退せよ!スネイクマン』
に書き換えられた。
連日にわたって破壊された街のニュースが報道され、いつの間にか俺の呼び名は「怪人」に変わった。
街が、人が、俺を冷たい目で見ている。
俺はヒーローになりたかっただけなんだ。

ふと目の前に、見覚えのある怪人が立っていた。
龍神ドラガー。
ドラガーもかつてはヒーローと呼ばれていた。
そして、奴が倒した怪人ラビットスターもそうだ。
ラビットスターは俺が子供の頃の憧れのヒーローだった。
だからあれが街を破壊して回った時には心底悔しかったのだ。
俺だけは本物になってやろうと思った。本物のヒーローに、俺はなったはずなんだ。

目の前に、ラビットスターが立っている。
ドラガーとラビットスターが、こっちを眺めている。

違う、俺はお前らとは違う!!
俺は本物だ!本物のヒーローなんだ!!
俺は2人に飛び掛かり、殴りかかった。
ドラガーの顔めがけてパンチを繰り出し、ラビットスターの胴体めがけてキックをした。
ふいに背中に鈍い痛みを感じた。
振り返ると自衛隊の対怪人用戦闘車があった。
その砲台は、俺に向いているのか?
違うだろう。それは俺じゃない、こいつらに向けろ!
そう思って怪人たちの方を見るとそこには誰もいなかった。
ただ破壊されたビルが建っている。
違う、俺は確かに戦っていたんだ。ラビットスターと、ドラガーと。
再び、砲台が火を噴いた。
くそが!
ドラガーとの闘いは全て俺任せで、お前らは何もできなかったくせに。
奴を倒したら、俺も消してしまおうってか。俺はもう用済みってことか?
俺は戦車を蹴散らして、向かってくる戦闘機を叩き落とした。
ふざけるな!俺を、怪人と呼ぶな!

ふいに、目の前に光が現れた。白い光が。
光の中から現れたのは、見たこともない怪人だった。
白い胴体に馬のようなタテガミにひづめの形をした拳。
光の中から現れた白馬のようなそれは、まるでヒーローさながらだった。
そいつは俺に向かってきた。
ひづめのような拳が俺の腹をえぐる。
俺はカウンターでパンチを繰り出し、奴の胴体をつかんで投げた。
そこからも攻防戦は続き、段々と体力が削られてくる。

街の空気が伝わってきた。
皆があの白い馬怪人を見上げている。そして誰かが声を上げた。
「頑張れー!!」
「そうだ!がんばれー!」
「ホースマン!がんばれ!」
ホースマンとはあの馬の事か。人々が奴を称賛している。それはつまり、俺を倒せという事だ。俺はヒーローではなくなった。
ドラガー、ラビットスター、お前らも同じか。
ホースマンが再びパンチを繰り出してきた。

お前もいつか、こちら側に来るぞ。

人間はその強大な力に怯える。
最初は人類の共通の敵である怪人と闘ってくれるヒーローとして称えられるだろう。
だが俺を倒した後は、一つ残った強大な力を人々はまた恐れ始める。
そしてその力に対抗する新たなヒーローが現れ、お前は怪人になる。
繰り返しだ。大きな力は、敵に対してのみ向けられるという保証がないといけないんだ。

ホースマンの打撃が重い。
俺は朦朧とした意識のまま空へ飛び立った。

いつものラウンドワンの上空で変身を解き、屋上に降りる。
体が重くて言う事をきかない。俺は這うようにして動き、大きなボウリングピンにもたれかかるようにして座り込んだ。
夕日が目に刺さる。太陽は何故こんなに眩しいのだろうか。

「南さん。」

後ろから声がした。振り返る力もなかったが、声で分かった。

「沙耶・・・・」

「ボロボロだね。」

「うん、ちょっとな。」

「ねえ、南さん、スネイクマンはヒーロー?それとも怪人?」

私は沙耶の顔を見上げた。
逆光で表情は見えないが、笑っているようだ。

「さあ・・・どっちだろうね。」

「私の父さんはね、ヒーローだったよ。」

「そうか。」

「でも、父さん帰って来ないんだ。」

「ん?」

「私を1人にしないって、約束したのに。」

沙耶は俺に背を向けて、夕日を眺めた。

「龍神ドラガーって知ってる?」

「あぁ、知ってるよ。」

「あれはヒーロー?怪人?」

俺はくぐもった声で言った。

「あれは、ヒーローだよ。」

沙耶は私を振り返り、ゆっくりと近寄って来た。

「じゃあ、さっき貴方と闘っていた私は?」

俺の腰につけてあるガンホルダーを外しながら沙耶は言った。
逆光で気が付かなかったが、沙耶の目は今にも溢れそうな涙がキラキラと夕日色に光っていた。

「そうか、お前か・・・。」

私は呟いた。

「もう、変身するな。でなきゃ繰り返すだけだ。」

「でも、誰かが止めないといけない。哀れなヒーローを。」

「それがお前である必要はないさ。」

「でも、私は力を持ってる。」

「使わなきゃいいだけだ。ヒーローになるな、ヒーローなんて所詮は使い捨てだ。人々の為に闘うな、お前は自分を大切にするんだ。」

「違うよ。私は、ヒーローになんてなりたくない。」

沙耶はゆっくり撃鉄を起こした。

「お父さんも、南さんも、私にとってはヒーローだよ。絶対に、誰が何と言っても。だから私は悪者でいいの。私が悪者になっても、ヒーロー達は私を守ってくれるんでしょ?」

「ああ、絶対に守るさ。」

一発の銃声が空に響いた。
物悲しく、乾いた音だ。
火薬の匂いと煙。

「ありがとう、南さん・・・。」

夕日色に染まる彼女の顔はとても美かった。


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