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パニック障害Ⅲコロナ禍で

翌月、次の生理が始まる10日程前になると、先月と同様体調に変化が起こる。
座っていても、立っていても、横になっても治まらない腰痛。
チクチク、じんわり広がっていく腹痛。
お腹は空いているのにもよおす吐き気。
肩こりを伴う片頭痛。
根拠の無い漠然とした精神的な不安感。
時折襲って来る気が狂ってしまいそうな感覚。

まただ。
先月と同じ症状だ。
生理が来るまでこれが続くのかな。
しんどい。
24時間解放されないなんて地獄なんだけど。

動けない。
外に出られない。
仕事出来ない。
大人しくソファに座っていても、横になって寝転んでいても、音楽を聴いていても、強い不安感が来る。
携帯の画面もテレビの画面も、神経を逆なでするような嫌悪感が湧いて見てられない。
落ち着かない。
怖い。
自分がどうにかなってしまいそうで。
助けて。
誰か助けて。

友人にLINEした。
“なんか体調悪くて”
“パニックなのか分からない”
“不安が強いの”
『大丈夫?』
『病院行った方がいいんじゃない?』
“そうだね”

そう言われると思った。
分かってる。
病院しかないもんね。
そうだよね。
でも、病院には行かない。
自分で何とかする。
生理が終われば元に戻るだろうし。
我慢する。
来月は大丈夫かもしれないし。

だけど、翌月も翌々月も同じ状態は続いて、生理の周期も狂いはじめ、1ヶ月に2回重なる月も出て来て、普通の精神状態でいられる日がほぼ無くなっていった。
急激な不安感に襲われて頭の中が恐怖でいっぱいになると、震える指で友人にLINEを送るようになった。
“お願い”
“大丈夫って言ってくれる?”
返事が返って来ないと、別の友人にも同じように送った。
『大丈夫だよ!』
その一言の文面を見て、自分は大丈夫なんだと自己暗示を掛けた。
必死に。
みんな仕事をしていたけれど、中には電話を掛けて来てくれる友人もいた。
電話の向こうから聴こえる友人の声を聞いた途端、涙が溢れて喋ることが出来なくなった。
『大丈夫だよ』
『ゆっくりでいいから』
と、言ってくれた友人の言葉が何よりの安心に思えた。
自分の意識がどうにかなってしまうのを引き留めてもらえていたから。
分かって貰えないかもしれないけれど、それだけが唯一の救いだったんだ。


私が病院に行くのを躊躇っていたのには理由があった。
自分の身体の症状が、何科に該当するのか見当が付けづらかったから。

子宮筋腫もあるし、重いPMSと貧血の症状を考えると産婦人科だよね。
でも、この強烈な不安と恐怖感はパニック障害の症状なんだよな。
だけど、息苦しさはあっても過呼吸になる程の発作は出てないし。
今までとは少し違うけど心療内科なんだろうな。
声がかすれて、話しづらくて、息切れするのは何だろう。
耳鼻咽喉科?内科に行くのがいいのかな。

どこに行くべきか、それとも全科受診するべきなのか、この精神状態で冷静に選んで決めて病院に向かう余力と体力は無かった。
そして当時、世の中はコロナ禍真っ只中で、緊急事態宣言が発令されていたこともあって、感染防止対策や受診制限もあり、気軽に病院に行ける状況でも無かった。
体温が高く微熱が出ている状態が続いていた私は当然受け入れ拒否されてしまうし、逆に体調が良い時でないと病院へは行けないという謎の周知があった。
そういった状況が私の精神状態に輪を掛けて、不安と症状の悪化を膨らませていた様にも思う。
コロナ感染の恐れを考えると、友人に助けを求めることも躊躇するようになって、どんどん孤独になっていった。



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