くるり official
岸田の公開手帖です
主に'50年代〜'80年代製造の鉄道車両にフォーカスし、岸田繁が写真やコラム、インタビュー、走行音などをUPします。
おもむろに気になった作品や、よく聴いていた過去音源、素敵な新譜なんかをやんわりした言葉で紹介していきます。
当事者でないとわからないこと、について考える。 英国の人気ロックバンドだったOASISのドキュメンタリー『supersonic』をBlu-rayで観た。当事者による証言に溢れていた(ように見えた)ので、彼らのリアルな姿を少しばかり垣間見たような気がする。当時から、彼らのことを好き放題言う人は多かったが、あの兄弟のことはあの兄弟にしかわからない。彼らならではの苦悩があったんだとも思った。これまでと歌詞の聴こえ方も曲の捉え方も変わった。30年近く聴き続けてきたけど、やっと私はO
馬鹿みたいに忙しい、というわりには読書をしたり、音楽を聴いている時間があるのだから、優雅なもんだ、と自分に言い聞かせてはいる。 寝る時間がないとか、マルチタスクで頭が混乱するとか、そんなことで悩むくらいならほんの1時間でもインプットの時間を作った方が良い、ということに46歳になって初めて気付く。 往々にして、無意識のうちに身体と心に鞭を打ちながら、創作や自分自身の活動に打ち込んできた毎日で、それは今もあまり変わらないけれど、中年は中年なりに、自分自身の心身を労らないといけ
都会では当たり前の「地下鉄」。くるりの名曲にもありますよね。 そのくるりの曲の一節に、「地下鉄は走る地上に出るために」という歌詞があります。 地下鉄とは言っても、多くの路線は都心部の地下区間から郊外に向かって路線が伸びており、時折地上や高架に顔を出します。ちなみに東京の渋谷は都心ですが、「谷」なのでメトロ銀座線が地上に姿を見せますよね。 郊外に足を伸ばした地下鉄は、そのまま他の私鉄やJRなど、他の鉄道に乗り入れるケースもあります。東京は殆どの地下鉄路線がそのパターンです
マーベルコミックス原作のMCU版映画の最新作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』について少しだけ書きます。 『アベンジャーズ』、『ブラックパンサー』などから観始めたMCU版マーベル映画ですが、時系列グッチャグチャで掘っているせいか、まだまだ分からないことだらけです。 近年作『ブラック・ウィドウ』や『ホークアイ』など、観応えのある作品も楽しみましたが、時系列でもう一度観直していった方が良いのかと考えると少しうんざりしますが、結構楽しんでいます。 私は幼
SNSによく流れてくる漫画の広告に釣られることをやめたいです。 と思いながらも、結果『ファブル』には無茶苦茶ハマってしまいました。 私は長らくヤングマガジン誌を読んでいなかったので、この長期人気連載をスルーしていたことを悔やみました。 同作の続編も、どんなもんだろうとチラッと読んでみたのですが、無茶苦茶面白くて先が気になって仕方がありません。 私は元々漫画好きで、いわゆる少女漫画以外ならかなり幅広く読む方です。近年では『鬼滅の刃』にハマり狂いましたし、京都の和菓子屋が
この仕事(音楽制作とかライブ演奏とかラジオパーソナリティとか大学教員とか)やってると、簡単に失われてしまうことがあります。 それは、音楽そのものと対峙する時の素直な物差しです。 話題性があり売れる音楽、意味のあるメッセージを持った音楽、技術的に凄いタイプの音楽、カリスマ性のあるアーティストによる音楽、マニアが喜ぶオシャレな音楽etc以外の音楽を、知らず知らずのうちに無下にしてしまっていることがあるのです。 音楽なんて、自分の好きなものを勝手に選んで聴けば良いわけですから
カープがそこそこ強い。 先発投手陣が整備されている(左の床田がとにかく素晴らしいのと、若手投手陣の丁寧な投球内容が良い)ことが見てとれる。盗塁阻止率が低いのが気になるが、キャッチャーのリードも悪くないように思う。 鈴木誠也メジャー流出で不安視された打線も、坂倉や西川の覚醒によって繋がりの良い切れ目のない打線になりつつある。 数年前、セリーグ三連覇したカープは強かった。様々な要因があったように思うが、エルドレッドをはじめとする外国人野手の存在感は、ひとつの大きなポイントだ
最近になって、CDで音楽を聴くことが激増しました。ストリーミングで聴くこともたまにあるけど、さて音楽聴こう、という時は決まってCDアルバムを垂れ流すように聴きます。 音質がどうとか、そういうことはさておき、私はCDで育ったから、CDを聴くのが楽だ、ということが大きいのでしょう。 私のようなアーティスト(この言い方なんかあまり好きではない)は、自分自身の作品を精魂込めて作って、それをCDアルバムに仕上げる訳だから、1曲目の始まりから最後の曲の終わりまで、無駄な瞬間などないわ
私のような音楽家稼業(というよりアーティストさん)にとって、いわゆる会議ってさほど縁の無い存在だったりします。 勿論、ミーティングと題して音博のブッキングについて話し合ったり、その他諸々の連絡や報告の会議は行うことがあります(あと、大学では普通に教員の会議があります)。 ZOOMなんかを使ってオンラインで会議をすることも増え、意味ないなぁ、とか、ダルいなぁ、と思っていた会議の質が上がると期待していたりもしたのですが、今ひとつピンと来ないまま、2022年の春を迎えています。
実家の猫が亡くなった。 20年生きた。 20年前、私は当時の事務所で徹夜仕事をしていた。朝5時頃、当時のマネージャーとフラフラになりながら事務所を出て、渋谷駅へ向かっていた時のことだ。 事務所は渋谷中央街という歓楽街の路地の突き当たりにあり、私たちは大雨降りしきるなか駅へと急いでいた。 なにやらカラスが騒がしい。路肩に目を向けると小さな小さな仔猫がカラスの攻撃を受け瀕死の状態であった。 私とマネージャーはカラスを追い払う。周りを見渡すとビルの間の隙間には乳を腫らせた
『天才の愛』出てからひと月くらい経ちました。 世間は相変わらずですし、京都も梅雨入りしてますからなんとなくモヤモヤしますが、マイペースに音楽を作る日々です。 久しぶりのライブツアーを心待ちにしておられるお客さんも多いと思います。バンドはリハーサルを終えましたが、バンドって良いな、と思いました。くるりはバンドですが、バンドっぽいバンドではないので、バンドらしからぬ音も沢山作っていますが、今回のツアーはバンドっぽい感じだと思います(多分)。 上の写真は1年7ヶ月ぶり、くるり
くるり新作アルバム『天才の愛』が発売されました。 どの曲も相当手をかけたので、長く聴き続けてもらうことで、沢山の発見があると思います。 『野球』という曲について、少し書きたいと思います。 このえらいことになり始めた頃、冬の寒い日に野村克也氏の訃報を知りました。 カープファンの私ですが、プロ野球チップスのカードを集めていたクソガキの頃から、絶賛中年まっしぐらな現在に至るまでプロ野球が大好きなのは、掘れば掘るほど面白いからです。ちなみに私は運動神経ZEROです。野球も出来
なかなかエラいことになって長いけど、コレはエラいことなんでしょうか。世の中のニュースも雰囲気もマジでしんどくて、何がなんやらよく分からなくなってきましたけど、まぁ良いことも沢山あるから良いや。ライブやりたい。 ラウドネス・ノーマライゼーションについて、私は恐らく間違った見識をTwitterで述べたらしく(そこに関しては未だ私も腑に落ちていない部分もあるのですが)、詳しい方たちが色々前のめりに教えてくれた(マウンティングにしか感じられない程の勢いで)のですが、私アホなので、賢
くるり、新しいアルバム出来ました。2017年頃から2020年まで作り溜めていた作品群を、よっこらせ〜どっこいせ〜、と磨き上げたりしながら、全11曲を1枚のアルバムとして仕上げることが出来ました。わ〜い! コレがどんなアルバムなのかは、正直私自身まだよく分かっていません。なんだか凄く良い作品ではあるのですが。 恐らくここ数年で確立しつつあった自分自身の心の在り方と、バンドの力学、このバンドならではの強みが忌憚なく発揮された作品ではなかろうかと思っています。 なにごとも、始
早いものでもう今年もひと月経ちました。 変に隠すのもアレなんでお伝えしときますと、くるり、来る新作8合目のとこまで登りました。もう少ししたら完成させて、皆さまのお手元に届けられるように準備していこうと思っております。暫くのあいだ、お待ちくださいませ。 いま思うと、昨年は随分と種を蒔いた年でした。パンデミックであろうが無かろうが、恐らく沢山の種を蒔いていたと思いますが、次作に収録されるであろう殆ど全ての楽曲の雛形は、世の中がエライことになる前から作っていたもので、純新作とし
皆さま本年も宜しく御願い申し上げます。 「頌春」という言葉の意味をあまり知りませんでしたが、親父が書く年賀状には、必ずこの文字が入っています。「迎春」も良いですが、よりこの季節を迎えるにあたり、めでたい雰囲気を醸し出す言葉として、私は気に入っています。 さて、2021年。令和でいうと3年ですね。もう3年も経つのか…。1976年(昭和51年)産まれの私からすると、超未来的感覚のある年代に突入してる感があります。 昨年末はおろか、昨年もいつも通りよく働きました。勿論このよう