#13 高校生クイズと教育格差
アクセスしていただきありがとうございます。
今回は9月8日に放送された『第43回全国高等学校クイズ選手権』、通称『高校生クイズ』(日本テレビ)で繰り広げられた熱戦の話題です。
今大会の注目すべきポイントは、かつて年一回の特番として放送されていた『頭脳王』を彷彿させる出題形式だったこと、本放送では触れられていませんが、京都府洛南高校のメンバーの一人が、5月21日放送の『パネルクイズアタック25Next』(BSジャパネクスト)の高校生大会でチャンピオンになったクイズ実力者であること、その同じ大会に出場し惜しくも敗れ、高校生クイズでは昨年準優勝に輝き、ラストイヤーの今年こそはと、リベンジに燃える埼玉県栄東高校の彼のこと、そして、奈良県東大寺学園高校の二人は、8月16日の一部生放送の『東大王』(TBS)「クイズ甲子園」で優勝したメンバーでもあり、その3日後の8月19日、『高校生クイズ』の決勝戦の収録に臨み、見事優勝し二冠達成を果たしたこと、といった箇所に注目してお届けしようと試みました。
ですが、ここでただ番組のダイジェストの文字起こしをするだけでは、後日関係者への綿密なインタビューを追加して構成されるであろう、クイズの専門書籍『QUIZ JAPAN』の記事に太刀打ちできない、と企画変更。もっとオリジナリティ溢れる、独自のネタを打ち出せないかと熟考していました。
ここで話は変わりますが、先日私が読んだ一冊の本があります。タイトルは『東大生、教育格差を学ぶ』松岡亮二 髙橋史子 中村高康 編著(光文社新書)です。
題名にある“教育格差”とは、子ども本人が選んだわけではない初期条件である「生まれ」によって、学力や最終学歴といった教育の結果に差がある傾向を意味します。ここでいう「生まれ」とは、子どもの出身家庭の世帯収入、保護者の学歴や職業、出身地域、性別、国籍のことです。日本の教育制度で大卒になる傾向がある初期条件は、
・社会経済的に恵まれた家庭(例えば、保護者が大卒、高収入、専門職)
・大都市部出身
・男性
・日本国籍
といったものが挙げられます。一方「生まれ」が恵まれていない子どもは育つ過程で様々な困難に直面しやすいことが、多くの教育社会学の研究で示されてきました。
本書は東京大学で2021年度後期にオンライン形式で行われた授業「教育格差 入門ーみんなで議論して新書をつくる」の模様をまとめたものです。出身家庭の世帯収入が平均的に高いという報道があるなど、日本の教育格差をある種象徴する東大生が自らの教育体験を振り返り、その実態に迫る内容となっています。
著書の説明が長くなりましたが、その本を読んで、私はこの教育格差をキーワードに「高校生クイズ」を分析できないか、とアイディアを得ました。「高校生クイズ」は参加対象者が日本全国の高校生と極めて規模が大きく、全国放送されるため、認知度の高い、歴史あるクイズ大会です。それ故に彼らのクイズに取り組む活動や実力を、僅かではありますが、テレビを通して知ることができる数少ない機会でもあります。
そんな「高校生クイズ」を巡って、私は“学力”と“地域”の二つの教育格差が露になるのではないか、という仮説を抱いていました。それはどういうことか、順を追って説明します。
一つ目の“学力の格差”について。今回も「高校生クイズ」の中で流れる学校紹介のVTRには、大概東京大学や京都大学の合格者数がナレーションで読み上げられ、字幕で写し出されます。頭のいい=最難関大学に合格すること、という発想は極めて安易かもしれません。
これについて、2010年に開成高校を初優勝に導き、翌年には高校生クイズ史上初、個人として連覇を達成し、現在は番組応援パーソナリティー、Quiz Knockの一員として高校生たちの活躍を見届ける伊沢拓司は自身の著書のなかで、難問奇問が多く出題されたことで知られる、2008年から5年間行われた「知力の甲子園」時代の番組演出について、
「圧倒的な『知力』を持つ高校生への驚嘆」を描き出したとして「高校生個人のプロフィールを極力減らし、代わりに学校の偏差値で物語を味付けする。90年代のクイズ王番組に描かれた個人の汗と努力すら直接は描写せず、『どうしてこんなにできるのかがわからない』状態をつくることで、視聴者がその間(高校生なのに年不相応な知識量を持っているというギャップ)にある理屈を想像で埋めてくれるという、まさに『マジック』の手法である」
と分析し、出演者を超人のように見せる構造により、テレビの中に別次元を作り上げることで、視聴者を驚かせることに成功した、と指摘しています。
さらに学歴については、
「学校の偏差値がプロフィールとして機能する。その学校や所属選手が残してきたこれまでの実績を表す値として機能し、視聴者はひと目見ただけで初対面である彼らの能力や来歴を推察できる。いい学校であればベースの知力が高い、私立と公立は対立する概念……すべての情報は、番組が見せたいストーリーを演出するためのギミックとなるのだ。なぜか凄い能力をもつマジカル高校生たちの『なぜか』を説明する材料として、学歴というストーリーが使われ、本来希薄なはずの対戦理由や因縁、ライバル関係、上下差を作り上げたのである。『スゴさ』を説明するのには丁度いい指標、演出だったのは間違いない」としています。
その偏差値と同じように、東京大学や京都大学の合格者数が、高校生の能力を一目でわからせる数値として機能しているのではないでしょうか。
こうした演出によって、クイズができる高校生=優秀な高校に在学している高校生という図式が視聴者のなかで出来上がっていても、不思議ではありません。
では、高校生クイズに出場した高校はどれだけ“スゴい”のか。今大会出場校の能力を測るべく、今年5月に休刊した週刊誌『週刊朝日』の「東大・京大合格者ランキング」を参考に、2023年3月時点での、各高校の進学実績を見ていきたいと思います。
とその前に、今年の高校生クイズの予選会のレギュレーションを紹介します。
①参加人数は1チームにつき現役の同じ高校生の二人一組のペア、もしくは個人での参加が認められる。
②1次予選は1チーム1台のスマートフォンを使用してクイズを出題。
③1次予選で出題されるのは、
1.宇宙 2.世界一 3.絵画・彫刻 4.2005年から2008年の平成史 5.発明
6.偉人 7.珍しい動物 8.最先端の研究 9.発想・ひらめき 10.日本の国会以上の10ジャンルから。
④2次予選に進出できるのは、都道府県に関係なく成績上位30チーム。ただし、その上位30チームの中に同じ高校のチームが複数いた場合、最上位のチームのみが『その高校の代表として』2次予選進出となる。このルールにより、繰り上げで2次予選進出チームが決まる。
⑤2次予選を勝ち抜けられるのは、30チームのうち2次予選の成績上位16チーム。この16チームが9月8日のテレビ放送分のラウンドに出場できる。
改めて、これらを踏まえ、47都道府県1870チームが参加した全国1次予選を見事通過した全30チームの、東京大学・京都大学の合格者数を見ていきます。(高校名の後に※とあるのは個人参加で出場した学校です)
高校名 都道府県 東大合格者数 京大合格者数
灘 兵庫 86人 44人
昭和学院秀英 千葉 8人 0人
東大寺学園 奈良 18人 64人
栄東 埼玉 13人 3人
県立浦和 埼玉 39人 9人
洛南 京都 13人 76人
早稲田 東京 39人 8人
渋谷教育学園幕張※ 千葉 74人 12人
開智※ 埼玉 8人 1人
渋谷教育学園渋谷 東京 40人 7人
栄光学園 神奈川 46人 6人
聖光学院 神奈川 78人 6人
修猷館 福岡 13人 21人
長田 兵庫 4人 27人
神戸大学附属中等教育 兵庫 4人 5人
小石川中等教育 東京 16人 1人
湘南※ 神奈川 20人 8人
本郷※ 東京 14人 6人
仙台第二 宮城 7人 6人
広島大学附属福山 広島 7人 16人
高田 三重 4人 2人
大分豊府 大分 4人 2人
大阪教育大学附属池田 大阪 3人 19人
沼津東 静岡 1人 6人
済々黌 熊本 1人 2人
なお、残り5校のうち、東京の早稲田実業、芝国際、千葉の木更津総合、大阪の大阪教育大学附属天王寺の4校については、東京大学、京都大学の合格者数はともに0でした。また埼玉の早稲田本庄については『週刊朝日』の中に記載されているのを確認できませんでした。
以上の表から、今年の高校生クイズ1次予選を通過した全30校のうち、今年3月に東京大学、京都大学に合格者を輩出したのは、確認ができた29校中25校でした。また上記の表の灘から小石川中等教育までの16校までは、2次予選の成績上位順の並びとなっているのですが、千葉の昭和学院秀英を除く15校が東京大学・京都大学両方に合格者がいる結果となりました。
これにより、現行法の高校生クイズでは、東京大学や京都大学に合格者を輩出していなくても、1次予選を通過することは僅かではあるものの可能ではありますが、そこから先へ勝ち上がるには険しい道のりとなっている。やはり、東京大学や京都大学の合格者がいる高校のほうが有利な傾向にある、と言えそうです。
続いて、二つ目の格差、“地域の教育格差”について見ていきます。
昨年から、この番組に大きなルール変更がありました。予選会においてそれまで堅持されてきた、都道府県代表制を廃止したからです。この大きな決断を下したのは、現在レギュラー放送の「クイズあなたは小学5年生より賢いの?」と、昨年の高校生クイズの総合演出担当の日本テレビ、関口拓です。その理由について彼はインタビューで、
「今は男女を分けるのも、年齢で分けるのも古い時代じゃないですか。地区予選もなくなり、スマホで全国一斉に予選をやるようになった今、地区で分けるのももう古いのかなぁと思ったんですよね。それで『単純にクイズで点数が高い順に評価されるべきじゃないかな』と思って、自然に外したんです」と答えています。都道府県別にすれば、全国の視聴者がどの高校を応援するか決める際、とても分かりやすい目印になりますが、これは「高校生ファースト」で考えた結果だと言います。「お笑いの賞レースとかでも『Aブロックが死のブロックです』みたいなことがあるじゃないですか。強い芸人さんが溜まってて、そこがもう事実上の決勝戦みたいな。あれって、なんかモヤモヤするんですよね」(関口)
それに近いものとして、2012年、前年まで高校生クイズ連覇の伊沢拓司率いるチームに、後に『東大王』で共闘することになる一年後輩、水上颯のチームが開成高校同士の対決を制し、東京都代表として高校生クイズ本戦出場を決めた、という出来事がありました。高校生クイズはひとつの高校から複数のチームが出場することを認めているため、上記のような分裂対決もありえます。そんな激戦を繰り広げた末に出場できるのはたった一校のみ。東京のような都市部にとって、これは狭すぎる門ではないか。関口はこの現状にメスを入れたのです。
その都道府県代表制度をなくし、スマホ予選によってすべての高校生が同じ問題に挑むことができるようになった新体制の下、今大会の1次予選を通過した全30校の分布は、
東京都 6校
埼玉県 4校
神奈川県、千葉県、兵庫県 3校
大阪府 2校
宮城県、静岡県、三重県、京都府、奈良県、広島県、福岡県、大分県、熊本県 1校
と、いわゆる三大都市圏(東京、千葉、神奈川、埼玉、愛知、京都、大阪、兵庫)に比較的集中していることがわかります。
さらにそこから勝ち抜き、ベスト16、すなわち高校生クイズ本戦出場を決めたのは、東京都、埼玉県、兵庫県が3校、神奈川県、千葉県が2校、京都府、奈良県、福岡県が1校と、こちらはより三大都市圏にある高校が強いことが、数字に表れています。
データが少々足りないところもありますが、これらの確認できた情報を元に分析していくと、高校生クイズで勝ち上がってきた高校は、三大都市圏と呼ばれるエリアにあり、なおかつ東京大学や京都大学に合格者を輩出する進学校が名を連ねている、という結論に至りました。今後その傾向がどのように変わっていくのかに注目して高校生クイズを見ていきたいと思います。
とても長い長い文章を最後までご覧いただきありがとうございました。よろしければ“スキ”登録お願いいたします。
その他の参考文献・記事
『クイズ思考の解体』 伊沢拓司 朝日新聞出版
『QUIZ JAPAN vol.15』 セブンデイズウォー
『教育格差ー階層・地域・学歴』 松岡亮二 ちくま新書
『週刊朝日』'23 4月21日増大号 朝日新聞出版
また、日本テレビの第43回全国高等学校クイズ選手権のHP、9月2日放送の高校生クイズの事前番組を参考にしました。
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