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初恋をいかに短く表現出来るか試してみる(お客さん)①

「ありがとうございました」

 お釣りを差し出し、ニコリと笑う姿に目を奪われる。

――時間潰しのために入った本屋のレジに、彼は居た。

 経験として、誰かと付き合った事は何回とある。
 けれど彼と出会った時は、今まで経験したどの恋愛とも違うと感じた。

 もっと話してみたいと思う。
 一緒に出掛けてみたいと思う。
 自分にだけ、特別な対応をして欲しいと思ってしまう。

 そんな事を、突然伝えられるはずも無くて……その場はすぐにレジを離れた。
 後が詰まると迷惑を掛けてしまう。



 だから、通ってみるしかなかった。

 頻繁に通って、彼が大学生のアルバイトだと知った。
 何曜日がシフトで、いつも補充をしているのがミステリージャンルの棚。任されていると言う事は、彼も好きなのかもしれない。


――ある時、棚の整頓をしている彼に、思い切って話し掛けてみた。

「すみません、この本を探しているんですが……ありますか?」

 彼が得意だろうミステリーで、少しマイナーな新刊を尋ねる。

「あ、これですね」

 内心緊張している僕とは対象的に、彼は落ち着き、慣れた様子で答えた。

「向こうです」

 案内をしてくれるようで、すくっと立ち上がり、僕の前に立つ。

――目が合って、距離も近くて、ドキドキする。

 所詮、客と店員の距離感だが、それでも十分に嬉しかった。
 本当に人を好きになるとは、こういう事なのかもしれない。
 そうだとすれば、これが僕の初恋になるのだろうか。

「ありがとう、助かりました」
「この作家さん、面白いですよね。俺も新刊チェックしてたので、すぐ分かりました」

 まさかの出来事。
 彼の方から話をしてくれた。

「何かあれば、また声を掛けてください」

 けれど僕が何かを返す前に、彼はお辞儀をして、すぐに戻っていく。


――テキパキと動く彼の後ろ姿を見つめた。



「この前はありがとう」
「あ! 俺も新刊読みましたよ」

 彼が居る時を狙い、適当な雑誌を持ってレジへと並ぶ。

 そうやってせめて、些細な会話を少しずつ繰り返した。


――いつか連絡先を聞こう。


 どうするのが良いだろうか。
 シフト上がりを待つ? 
 もう少し通って、もっと親しくなってから?
 彼が使う駅で出待ちしてみる?
 偶然を装って、学校の近くを通る?


 彼の部屋に電気が点いたのを確認してから、今日も悩みながら家に帰った。


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