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色褪せた写真

この色褪せた写真は17年前のもの。

アメリカはボストンに2年間住んでいて、その時のご近所さんであり、ママ友であり、悶々とした日々に小さな幸せの光を一緒に見つけ、喜びを分かち合った友との写真である。

今でもやり取りをしていて、ワンセンテンスからでも垣間見える彼女の知性と、「だって陽子、そうでしょう」と少し“諦め”が滲むメールが届く。

それは彼女の独特な哀愁で、素敵な個性の一つである。

これはクリスマスの夜に一緒にディナーをしようと誘ってくれて、徒歩30秒の彼女の家に家族で訪れた時の一枚。

靴を脱ぐ習慣がある家だったが「今日は素敵だから靴は履いたままでいろ」と言う。

敷き詰められた白い絨毯が汚れるからと入り口で躊躇していると、「そんな事より全体のバランスが大切だ」と言い、そのまま入れと顎で合図。

傍で子供達がキャッキャと遊ぶ声を聴きながら、ワイングラスを片手に夫婦4人で円卓を囲み語らう夜は、幸せの思い出の1ページだ。

住んでいた地域は、毎日子供達を小学校に車で送り迎えするのが当たり前で、日本よりも余程早く終わる米国の小学校は、放課後がやたらに長い。

その時間を如何にして過ごすかが我々の日課で、大抵は緑生い茂る小学校の裏の森で過ごした。

子供達は棒切れを持っては、足元に積もった湿り気のある腐葉土を突きながら奥へ奥へと入って行き、我々はそれを見守りながらお喋りをして追随する。

鬱蒼と茂る森ではあったが、背中に校舎が確認できてさえいれば、そこは美しい木漏れ日が味わえる場所で不思議と怖くなかった。

その時の我々の妄想の一つ、子供達が成長した暁には世界のどこかで待ち合わせをして二人で旅をしよう、そうだイタリアが良いぞなどと語らいながら、日暮れまで一緒に過ごしたものだ。

家族の近況や今考えていることなど綴って、やっと滞っていた返事を送信した。

google翻訳をフル活用しているが、毎度自分の伝えたい通りには訳がつかず、結局いつも日本語の3〜5倍の時間がかかる。

しかしこの伝えるためにかかる時間は、心の時空を埋めてくれるようで、決して悪くない。

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