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使う言葉が変わると、視点も変わる

日本のPMとシリコンバレーのPM

日本の大企業やスタートアップを支援させていただくことが多くなり、プロダクトマネジメントを日本語で行う機会が増えた。一方普段自分が働いているLinkedIn社内では英語100%の環境でPMを行う中で、違いを感じことがある。この違和感の正体はどこから湧き上がるのかと、考えていた。最近ふと、日米のプロダクトマネージャー(PM)が発する言葉に、違いがあるのではないかと感じるようになった。(もちろん、言語の違いではなく。)この記事では、何気なく発しているPMの言葉がプロダクトに及ぼす影響について深ぼってみる。

例1: 「二兎追う者は一兎も得ず」か"Kill two birds with one stone"か

日本のことわざに「二兎追う者は一兎も得ず」というのがある。日本で教育を受けたのなら、誰しも「欲張ればその分何も得られない」と教えられてきたはずだ。日本で生まれ育った自分とてそうだった。ところがシリコンバレー企業(以下"US"と略します)でPMをする中である種のカルチャーショックだったのが、"*Kill two birds with one stone(一回の投石で鳥を二羽しとめる)"という考え方がデフォルトの立ち位置だった。USではROIの最大化を徹底して突き詰める。「欲張ればその分何も得られない」のではなく、「最大のリターンを得られる『最も効率的な欲張り方』は何か?」と考えるのだ。なので、プロダクト施策のアイディエーションの際、解決したい課題が複数あったとする。個別の課題にそれぞれ施策を当てるのではなく、1回の施策で、1回の開発で、複数の課題を一挙に解決できないか?と考えていくのだ。この動きは非常に効率が良く無駄がない。(ただ、いつもそれができるとは限らないが。)

*日本では明治時代に"Kill two birds with one stone"を「一石二鳥」として訳されるようになった。

例2: 「失敗を避ける」か"Focus on success"か

USでのプロダクトマネジメントの場面ではよく、

"How do we win?"
"What's the success looking like?"
"How do we measure success?"

といった表現がPMの現場でも経営サイドと話をする時もよく出てくる。”Focus on success (成功に集中せよ)"の視点から出てくる言葉がほとんど。

一方日本語で日本のPMの方と協業した際には、皆さん経営層や事業サイドを説得するのに苦労されている様子。

「それでうまくいくのか?」
「失敗したらどうする?」
「競合に勝てるの?」

などなど、「失敗を避ける」ことに重きを置いている言葉が浴びせられてるように見える。その結果PMからも同じような発言が出てきたりする。無理やり英語にすると"Avoid risk, Avoid failure"視点の発言と取れる。

しかしこういうAvoid視点の言葉は正直USのPMの現場では聞かない。聞くのは

"How can we minimize the risk? (どうリスクを最小化できる?)"
"What's your mitigation plan? (見えているリスクに対してどう手を打つ?)"
"Have you run premortem? (*プリモーテムはやった?)"

という感じで、あくまで未来の時点での成功を前提としたときに、現在からそれまでに起こりうる障害はなんなのか、見落とした視点はないかという角度でリスクや失敗要素をあぶり出しては潰していく。

プリモーテム(Premortem)とは未来の時点で失敗したとしたら、逆算でいったいどこが失敗の原因となりそうかの観点で見ていくこと。ポストモーテム(Postmortem)とは起こってしまったことに対して原因を明らかにするために振り返ること。

「失敗を避ける」ことに一生懸命になっていても、実は「成功へ向けて動く」ことをしていなければ、そのプロダクトはいつまでたっても成功しない。失敗を「避けきった」先に成功は本当にあるんだろうか?そもそも「避けきる」なんて状態があるのか?「失敗を避けること」と「成功すること」は必ずしもイコールではない。そんなことに頭を悩ませるくらいなら、全ての力を成功へ向けて1点集中させ、どうすれば成功できるのか?から考えて動いたほうが確実に前に進む。もし今PMとしてうまくいっていない感じがするのなら、自分が発する言葉がどんな立ち位置からなされているか、一度見直してみてほしい。

例3: 「当たり前品質」か"How do you make a difference?(魅力品質)"か

同じような議論が、狩野モデルで語られる当たり前品質と魅力品質のとらえ方にも当てはまる。

日本では「競合と比べて明らかに当たり前品質が足りてないので、まずは当たり前をそろえてから」と言っている人がいる。だが、これはPMとしては致命的だと思う。なぜなら当たり前品質をいくら磨いたところで魅力にはならないからだ。当たり前品質ばかりを磨いていて、いつ魅力品質を磨くのだろうか?プロダクトに魅力がなければユーザーはいつまでたっても定着しない。

なので、本来は魅力品質(=明確に差別化された価値)を磨くのがまず最初にあり、その魅力がユーザーに届く際、どうしても価値を毀損するような「当たり前」は最速・最短・最低限で直すべき。当たり前品質に時間をかけて、PMとしての仕事をした気になるかもしれないが、そのリターンはあまり大きくならない。USのPMの現場でもし当たり前品質ばかり改善していたら、そのPMの評価は低いものになるだろう。PMを名乗るなら、ユーザーに届けた価値の大きさを常に意識してほしい。評価はそのインパクトに対してなされるのが基本だからだ。常に"How do you make a difference?(明確な違い=価値をどのように作るのか?)"に対してクリアな考え方を持っていることのほうが何倍も重要。

例4: 「再現性」か"Think outside of the box"か

最後の例は「再現性 (Repeatable)」という言葉。これも日本の仕事やメディアをみていると良く聞くのだが、USのPMの現場ではほとんど聞かないし、再現性への強いこだわりは日本ほど感じない。そりゃ人の心理として一度成功したらそれを何度も繰り返して簡単に成功したい、と思いたいのは理解できる。特に日本では失敗に対する仕打ちが厳しいこともあり、安牌な方法で成功したいという意識が強いようだ。

もしかしたらドメインによってはそれでいいのかもしれない。ただ、PMは不確定要素が渦巻く世界でプロダクトを成功に導くのが仕事。正直「再現」する場面が訪れることはほとんどない。厳しい言い方になるが、PMにとってプロダクトの成功に「再現性」を求めるのは、ある種の「思考停止」状態に陥っていると言っていい。

では、再現性を求めるのではなく何を求めるか?よくUSのPM界隈では"Think outside of the box (枠の外の考え方をしよう)"という言葉をよく使う。PMなら誰しも未開の領域へ挑み、チャンスを掴みにいかねば新しい価値は作れない。枠の中で思考していては狭いし価値の尖りは生まれない。こうした試行錯誤とたゆまぬ探求が良質な学びを生み、ある時「これだ!」という価値にたどり着く。「再現性」にこだわると自ら"Think inside of the box"の罠にとらわれてしまう。「再現」とは特定の条件が揃わなければ実現しない非常に狭い概念なので、条件を揃えることに必死になってしまうのだ。変化の速い時代において、これがどれほど意味がないことかは想像がつくはず。

もし自分が「再現性」を求めていたら、一度立ち止まって考えてみてほしい。一度成功してそれをコピペのように再現してさえすればプロダクトは本当に成功するのだろうか?ChatGPTが出てきたとき、短期間で世界中の企業が大きく動いた。生成AIの機能は差別化になると考えた矢先にあらゆる企業がプロダクトに盛り込み、もはや当たり前機能となってしまい差別化の旨味は少なくなった。(つまりコピペで成功が再現できたわけではなかった。)

勝敗は生成AIの先にどんな体験を作るのかにかかっている。もちろん、力の論理で条件を整えて再現を狙う方法もあるだろう。OpenAIがAppマーケットプレイスを作ったとしても何も驚かない(執筆時点で)。しかしそれができるプレイヤーは限られる。むしろ再現を求めているうちに足元をすくわれる確率が高い時代にいることを、PMなら誰よりも理解しているはずだ。

まとめ

以上4つの例でUSと日本のプロダクトマネジメントの違いにスポットライトを当ててみた。なぜUSのプロダクトが世界を席巻することが多いのか、それは突き詰めると普段発しているプロダクトマネージャーの言葉、そしてその奥に潜む考え方の違いに端を発しているかもしれない。

これを「文化」の問題として片付けてしまうのは簡単だが、PMであればそこで立ち止まってほしくない。ぜひ前提を突き崩すように挑んでほしい。そして経営者の皆さんもそんなPMの背中を押してほしい。PMを生かすも殺すも究極的に経営者次第なのはどの国でも同じ。ユーザーや自社のために本当にプロダクトにとって意味あることは何なのか、PMも(経営者も)自ら発する言葉が進化した時、日本のプロダクトマネジメントが大きく変化すると思っている。


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