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量子力学におけるウィーラーの参加型宇宙

「宇宙は私たちから独立して『あそこに』存在しているわけではありません。私たちは、起こっているように見えることを引き起こすことに避けられない形で関わっています。私たちは単なる観察者ではありません。私たちは参加者です。奇妙な意味で、これは参加型の宇宙なのです。」

これは「ブラックホール」の名称提案者としても知られる、理論物理学者のジョン・アーチボルド・ウィーラー(John Archibald Wheeler)の言葉です。彼はリチャード・ファインマンの先生としても知られています。

この参加型宇宙の考えは、彼自身の「It From Bit」と思想から出ています。
あらゆる存在を意味する「It」は、全ての粒子、全ての場、さらには時空自体までを指しています。また「Bit」は情報の基礎単位であるビットのことです。あらゆる存在が構成しているこの世界は、情報から生み出されているというフレーズです。彼のこの思想は、現代では「It From Qbit」、つまり量子情報の基礎単位である量子ビット(Qbit)から世界は創発をしているという思想へと拡張され、世界中の多くの物理学者によって、その研究が進められています。

量子力学では、測定前にいかなる「実在」も存在をしていません。測定をすることで、その測定をした観測者にとっての「実在」や「現実」が創発をします。

私たちが日常で「現実」や「実在」と呼ぶものは、イエス・ノーの1ビットを基礎とする質問を、観測者である私達が量子的な対象に投げかけ、測定装置によって引き出されたその質問に対する応答の記録から生じるのです。要するに、すべての物理的なものは情報理論的な起源を持ちます。つまり観測者である自分以外の外部を指す「世界」または「宇宙」は、私達の観測で創発をしているという考え方です。これがウィーラーの参加型宇宙の思想です。

ウィーラーは、図1のような宇宙の概念図をよく描いていました。


図1 参加型宇宙の概念図 
From John Wheeler (1983), Law Without Law. In: Quantum theory and measurement.

この図には大きく「U」が書かれていますが、これはUniverse、つまり宇宙を象徴しています。また量子力学の基礎的な性質であるユニタリー性(Unitarity)の頭文字「U」にも通じます。「U」の細い右側部分は宇宙の始まりを表しており、それが延びて「U」の太い左側に繋がっています。そこに宇宙の観測者としての我々を象徴している眼が描かれています。

量子力学によると、初期の宇宙の歴史は量子的な重ね合わせ状態になっています。後の時代の我々が眼の前の宇宙を観測をすることで、その中の1つの過去の歴史がピックアップされ、それが「現実」だと我々に認識されるのです。これが彼の言う「宇宙は私たちから独立して『あそこに』存在しているわけではありません。私たちは、起こっているように見えることを引き起こすことに避けられない形で関わっています」の部分の意味です。そして私たちは単なる観察者ではなく、宇宙の「現実」や「実在」を創発させる参加者だと、ウィーラーは強調するのです。ただし彼も、また現代の量子力学でも、観測者の意識が対象に物理的な変化を与えると言っているわけではありません。歴史の線形重ね合わせの中に既にあった1つの歴史を選択するだけのことです。このあたりが、スピリチュアル系の方々との考え方とは大きく異なる点です。

彼の「It From Bit」、そして現代の「It From Qbit」という思想は、現代的な量子力学の情報理論としての理解の進展や、時空が量子情報から創発する具体例として研究が続いているAdS/CFT対応理論などを通じて、現代物理学にしっかりとその根を下ろしつつあるのです。


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