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意識は量子ゼノン効果を起こさない

意識は対象に影響を及ぼすのか?これについて世間で大きく誤解をされているものとして「量子ゼノン効果」というものがあります。量子系を連続測定をしていると、その量子系の運動が凍結して動かなくなるという現象です。この量子ゼノン効果自体は、既に多くの実験で確認をされています。しかしこの効果を「意識が対象をずっと見つめているだけで、その対象の運動が凍結するという影響が出る」と解釈するのは間違いです。実験で確認をされている量子ゼノン効果では、対象系を観測するために、測定の一部として光などのモノを対象にぶつけたりする必要があります。つまり測定機自体によって対象は本来の運動を阻害されているのです。自然に対象から出てくる信号を間接的に外部で意識が見つめ続けても、対象系の運動に変化は生じません。

もし見つめるだけで対象の運動が凍結するのならば、シュレディンガーの猫(略してシュレ猫)に関して、次のようなパラドックスが起きてしまいます。普通のシュレ猫の思考実験は、不安定原子からガンマ線が出て、それが測定機に入り、ガンマ線が検出された途端に自動的に機械が毒薬の入った瓶を破壊して、近くにいた生きている猫の状態を、生きている猫の状態と死んでいる猫状態の量子的な重ね合わせにする話です。

 普通のシュレ猫の設定に加えて、もし飼い主が頻繁にその実験室の窓を覗いて猫の生死を確認したとすると、それは不安定原子が壊れたか壊れていないかの連続的な測定にもなります。だからこの原子の運動が量子ゼノン効果で凍結されてガンマ線を出さないかもしれません。すると猫も量子的生死の重ね合わせどころか、ずっと死なずに済むかもしれません。つまりシュレ猫を助けることが、シュレ猫を見つめ続けるだけで実現するかもしれないのです。


 
しかし現実にはそういう結果にはなりません。量子力学の方程式をきちんと解くと、そうはならず、不安定原子の運動は凍結しないことが証明されます。一方向性ダイナミクスという極自然な条件下では、一般に連続的に間接測定を行っても、量子ゼノン効果は起きないのです。
(この証明は『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)第5章で見られます。)

「見つめる」という行為を通じて、飼い主の意識が不安定原子やシュレ猫の運動に影響を与えることはないのです。飽くまで対象に外部から観測用のモノをぶつける(相互作用を加える)ことによって、量子ゼノン効果は起きるのです。測定用の相互作用を外部から加えることなしでは、特に変わったことは起きません。

この量子ゼノン効果は、意識を獲得した2つの量子AIを考える思考実験でも重要です。宇宙物理学者マックス・テグマークさんは、2つの量子AIが会話を始めたら、お互いを連続測定するために量子ゼノン効果が起きて、結局その2つとも停止してしまう可能性を論じました。しかし「相手のAIを受動的に見つめ続ける」という設定ならば、そういうことも起きません。また我々人間が量子マクロ系でもある他の人間をじっと眺めていても、その人々の運動を量子ゼノン効果で凍結したりはしないのです。

古典的意識を持つ観測者が、量子対象系を連続的かつ間接的に観測し続けても、その運動を乱すことがないという事実は、実は量子力学という実証科学の体系そのものが、自家撞着なく成り立つ重要な前提でもあるので、とても大切なことなのです。

 


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