Masahiro Hotta

量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心とし…

Masahiro Hotta

量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。 Twitter: @hottaqu はてなブログ:https://mhotta.hatenablog.com/

最近の記事

  • 固定された記事

物理学における「実在」は存在していない  ~現代物理学事情(量子力学編)~

アインシュタインは、量子力学をこの世界のもっとも基本的な理論の1つとは見なしていませんでした。その理由の1つとして、日常的なモノの実在性とその決定論的な運動を量子力学は許していないという点を挙げています。量子力学ではない、決定論的な実在の物理法則が他にあると信じていたのです。 『君は,君が見上げているときだけ月が存在していると本当に信じるのか?』 これはアインシュタインが親しい物理学者に向けて言ったとされる言葉です。量子力学はその月の実在性も否定する理論だったので、彼は死

    • 超選択則と隠れた変数:量子力学における「実在」の否定について

      「そこにモノがある」という局所実在性の考え方は、下記記事のようにベル不等式の破れが見つかった実験で現在では否定をされております。 そしてその局所実在性否定の成果は、2022年のノーベル物理学賞の対象となりました。 そしてこの「実在」の否定の実証により、量子力学は実在論的理論ではなく、情報理論の一種であることも、よりはっきりとしてきたのです。現在までの実験でも精密に成り立っているものにチレルソン不等式というものがあります。この不等式は量子力学の理論的な予言です。ですから実験

      • 「万物は量子情報」と「万物は素粒子」との整合性について

        「万物は量子情報」という認識論的な理解と「万物は原子分子、そしてそれらは素粒子標準理論に出てくる素粒子やまだ発見されていない素粒子からできている」という原子論的な還元論の理解との整合性で混乱する人もいます。それは原子論が前世紀に実在論として語られていたことが原因だと思います。でも21世紀の現在ではその「実在論」は下記記事にあるように否定をされてます。 電子、ニュートリノやクォークなどの素粒子を記述する標準理論も、「実在」という概念が実験的に既に否定をされている量子力学の中の

        • 何色でもない量子情報が作っている、この世界 -It From Qbit-

          現代物理学の基礎である量子力学は、下記の記事にあるように「実在」を否定しています。 量子力学自体も情報理論の一種に過ぎません。これまで目の前に在ると思っていた「モノ」も、観測者にとっては情報に過ぎないのです。この世界には色などの様々な個性をもつ「モノ」があふれています。それら全ては素粒子の集まりです。場の量子論では、その1つ1つの素粒子自体には個性が全くなく、どこでどのように作られたのかという記憶も各粒子は全く持ち合わせていません。たとえて言うと、色も形の個性も持たない同一

        • 固定された記事

        物理学における「実在」は存在していない  ~現代物理学事情(量子力学編)~

          実験で実証された量子エネルギーテレポーテーション

          量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation, 略してQET)がカナダのウォータールー大学と米国のストーニーブルック大学のグループによる独立な2つの実験によって実証をされてことを受けて、2023年はそれが世界的なニュースにもなり、大変注目を集めた年でした。米国サイモンズ財団が出版している著名な科学雑誌「Quanta Magazine」でも、この2つのQET実験を下記で紹介をしています。 また2023年の物理学最大のブレイクスルー

          実験で実証された量子エネルギーテレポーテーション

          「シュレディンガーの猫」の現代的な量子力学での理解

          量子力学の「シュレディンガーの猫のパラドクス」は現代でも理解されていないという間違った記述が、最近でもあちこちに散見されます。さらに「相対論は簡単だけど、量子論には観測問題があるし、アインシュタインやファインマンなどの天才でもわからなかったのだから、君らがわからなくても当たり前。」という感じのことを物理学徒に平気で語ってしまう大学教員が、現在でも一部残っているようです。私はそのような誤解を完全に無くしたいと、常々思っています。 量子力学には観測問題があると前世紀には言われて

          「シュレディンガーの猫」の現代的な量子力学での理解

          ブラックホールに落下する物体は永遠に外から見えるのか?

          物理学の教科書でブラックホールを学ぶとき、最初に出会う驚きの記述のひとつは「事象の地平面の外から見ていると、ブラックホールに落下する物体の運動はだんだんと遅くなり、決してその地平面を過るところは見られない」というものではないでしょうか?しかしこの記述は時空への反作用を与えない仮想的なテスト粒子に対してだけ正しく、エネルギーをもつ現実の物体には正しくないのです。実際には、ある有限の時間でその物体がブラックホールに吸い込まれる場面が外部からも観測できます。 質量がMである球対称

          ブラックホールに落下する物体は永遠に外から見えるのか?

          量子力学における「直接測定」と「間接測定」

          古典力学とは異なり、量子力学では測定という概念そのものがクローズアップをされます。それは測定が対象系に与える反作用を無視できない場合が多いからです。 拙書『入門現代の量子力学』でも、この量子測定を説明をいたしました。 同じ実験を繰り返した場合でも同じ結果を出す場合、その実験は反復可能性を持つと言います。量子系に対して、この反復可能性を満たす1つの実験として選ばれた「基準測定」という概念から出発をして、教科書では量子力学の理論の構築していきます。その後でそれ以外の一般の量子

          量子力学における「直接測定」と「間接測定」

          無限に深い量子井戸に潜む、物理学徒の数学への隷属とその開放

          量子力学を学ぶとき、数学の厳密な関数論の知識が不可欠、もしくはそれがないと理解できない例があると主張される教科書などがあります。それを読んだ物理学徒たちの中には、自分達が普段行っている計算は「いい加減」で「不正確」だと思ったり、また一知半解の数学徒からマウントをとられて劣等感を持ったりする人もいるようです。そしていつの間にかに「数学が上で、理論物理学は下」だと、数学の理論こそが正しい物理学の理論を与えるものだと、潜在意識でまで思うようになり、数学に隷属化される物理学徒も見受け

          無限に深い量子井戸に潜む、物理学徒の数学への隷属とその開放

          量子力学のベリー位相と密度行列

          東大IPMUの立川さん@yujitach が下記の記事をアップされたので、少しコメントをしておこうと思います。 追記(2023/11/28):その後立川さんと長い議論をして頂き、より整理が付いたので加筆修正をしました。 私の教科書では、実験で観測できる物理量の確率分布こそが量子力学の基礎であり、状態ベクトルや波動関数や密度行列はその1つの表記に過ぎないことを強調しています。 これは電磁気学のマクスウェル方程式を4元数や外微分形式でも表すことができるのと同じ意味であり、ベク

          量子力学のベリー位相と密度行列

          量子的な混合状態が現れるのは、人間の無知のせいか?

          純粋状態ではなく混合状態にある量子系でも、本当はその系も1つの純粋状態にあるのだが、それがどの純粋状態であるかが分からないだけという説明を聞いたことはありませんか?混合状態は人間の無知が原因だというものですが、そういう説明は実は間違っているのです。 まず1粒子の古典統計力学を考えてみます。混合状態の各時刻の位置と運動量の確率分布は、初期位置と初期運動量を与えて解いた運動方程式の解を使って という形で与えられます。この場合の純粋状態は各時刻の位置と運動量の値が確定をしている

          量子的な混合状態が現れるのは、人間の無知のせいか?

          ベル不等式の破れに与えられたノーベル賞

          2022年にノーベル物理学賞を与えられたベル不等式の破れの実験結果は、実在論を信じることを不可能にはしないですが、実在論を信じないことは可能にします。つまり量子力学は情報理論であるということです。仮に実在論を信じたい場合には、それは「陰謀論的実在論」というかなり変わった理論しか生き残りません。 量子力学は操作論的な意味で、完全に局所的理論です。無信号条件のみならず、情報因果律まで満たすという驚異的な局所性を持っています。量子もつれは非局所性を示すというアインシュタイン以来の

          ベル不等式の破れに与えられたノーベル賞

          物理量の相関の強さと物理操作の多様性

          量子力学の本当の面白みは、演算子の非可換性というよりも、物理量の相関が理論のユニタリー性とも強く結びつき、かつ情報因果律を通じて相対論的な時空構造にまで影響を与えている点です。量子力学自体を作るときには相対論は入っていないのに、因果律についての興味深い性質を既に内在していたのです。また物理量の相関量自体についても、独特の性質が量子力学にはあります。 量子力学を理論として構築するには、ベル不等式の破れを説明するような、古典相関より強い相関がもちろん必要です。しかし『入門現代の

          物理量の相関の強さと物理操作の多様性

          量子テレポーテーションは、送信者から見たらモノの本当の瞬間移動である

          この『入門現代の量子力学』(講談社サイエンティフィク)では、量子力学はなんらかの実在論ではなく、情報理論つまり認識論的な理論であるということを強調をいたしました。物理量の確率分布の集合に収納された量子情報を扱う理論であるという意味です。これは実に意味深長な内容を含んでいます。 物理学とは、「物(モノ)」の「理(コトワリ)」の学問ですが、情報理論としての量子力学では、この「モノ」も観測者にとって情報に過ぎないのです。例えば様々な個性をもつ猫や人間や、ブラックホールに落ちるコー

          量子テレポーテーションは、送信者から見たらモノの本当の瞬間移動である

          量子力学の物理量は複素数では駄目なのか?

          この『入門現代の量子力学』という教科書では、量子力学における物理量を明確に定義をして、理論化をしております。その物理量の定義の本質は、基準測定の複数の状態を区別する「名前」に過ぎないというものです。これは前世紀の量子力学教育からすると、ギャップを感じさせるものかもしれませんが、現代的な量子力学の定式化において非常に重要な点です。 任意のユニタリー行列に対応する物理操作が可能であると認めると、エルミート行列には必ず物理量が対応します。教科書では、そこでその物理操作と基準測定を

          量子力学の物理量は複素数では駄目なのか?

          発展する自然科学から求められる新しい形而上学

          古代ギリシャの時代から、理想的な対象としてのイデアが哲学や数学において追求をされてきました。それは理性(ロゴス)を生み育て、歴史の中で古びた宗教的価値観を更新する力も人々に与えました。理性に基づいた科学の進展により、昔は想像さえできなかった新しい自然像が、現代では明らかになってきています。古代や中世の人々が信じていたイデアは、当時の人間が狭い範囲で経験をしたことの理想化として、その意識の中に芽生えたものです。しかし多くの新しい経験や科学的事実に触れている現代人にとって、そのイ

          発展する自然科学から求められる新しい形而上学