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もしプランク定数が時間変化するとしたら?

量子力学の基礎定数であるプランク定数、もしくはそれを2πで割った換算プランク定数ℏは、何故定数なのか?現在では国際単位系でプランク定数はある値に固定をされています。しかしこの問いでの「定数性」はシュレディンガー方程式に現れているプランク定数の時間依存性を問うています。このℏが定数である理由を誰も知らないので、将来のある時期から唐突にℏが時間変化をする可能性も零ではありません。ではそのときには何が起こるのでしょうか?これは物理学としても意味のある問いです。同様に光速度cや電子の電荷eも何故時間変化しないのか。もしそれらが時間変化をしたらどうなるのか。このような議論はこれまで理論物理学者によって沢山なされてきました。これは哲学でもよく行われる「可能世界」の思考実験の例でもあります。

超弦理論を考えるならば、高次元時空のコンパクト化によって電磁場やそれと相互作用をする電子の電荷eが出てきます。高次元から現在の4次元へとダイナミックに宇宙が変化をするならば、その宇宙のコンパクト化の半径は時間変化をしますし、その影響でeの大きさも時間変化します。物理学では実際に元素合成の時期にまだ電荷eの値が時間変化している可能性も解析されていて、宇宙の観測データからその時間微分には強い制限が付いています。だから宇宙熱史において物質が作られていた時代には、既にeは高精度で定数でなければいけないことが知られています。

では量子力学の運動方程式であるシュレディンガー方程式を考えてみましょう。もちろん式の中にはℏが現れています。

もしこの方程式の中でℏが時間変化をするとしたら、理論として何か矛盾が生じるのでしょうか?

下記の計算で簡単にわかるように、確率解釈に重要な状態ベクトルの規格化条件はどの時刻でもちゃんと成り立ちます。その点は特に問題ありません。

では仮にℏだけ急激に増大して、eなどの他の物理定数は時間変化しないとしてみましょう。すると我々の生命活動に必要な電磁気の相互作用は極端に小さくなります。電磁気相互作用の強さを示す微細構造定数αは1/137程度ですが、ℏが大きくなることでこのαはずっと小さくなってしまうためです。

すると電磁気力が弱くなって原子分子が壊れてなくなってしまい、我々の体は維持できなくなります。そこでℏとともに電荷eも大きくして、α自体は一定に保つと仮定した「可能宇宙」を考えてみましょう。

例えばℏを10の35乗だけ大きくしてみます。するとℏは10Jsec程度です。つまりジュール(J)程度のエネルギー、メートル程度の大きさ、秒程度の時間変化というマクロ領域でも、量子効果が見えてくるはずです。例えばデコヒーレンスを制御できれば、人間の体でも二重スリット実験が可能となることでしょう。2つのドアのある部屋にそれぞれが一人ずつ人間が入って、その部屋の奥の壁に触ってできる手の跡を沢山集めれば、干渉縞が見えてきます。そのときには、朝永振一郎の有名なエッセー『光子の裁判』の設定をそのまま再現できるでしょう。

次にℏを10の70乗大きくしてみます。すると現在多くの研究者が知りたがっている、量子時空や量子重力の実験が可能になってきます。プランク長さは10のマイナス35メートル程度ですが、ℏが大きい間にそれがメートル程度になるので、我々の体も量子時空の揺らぎに曝されることになります。

しばらくこの時空の量子揺らぎを浴びた後にℏが元の小さな値に戻れば、我々の体も、そして時空も再び古典性を持つようになります。ただし我々と時空の状態には、シュレディンガーの猫のようなマクロな量子重ね合わせが残ることでしょう。これが検証できれば、量子重力理論構築に重要な情報が得られるに違いありません。

実際には物理定数を実験で変更できないため、これらは飽くまで思考実験に過ぎません。しかしこのような物理定数の時間を変化を検討することで、深まる理解というのがあるのです。そこから得られた直観も使って、多くの物理学者は極限状況における物理を思考し、探索しようとしているのです。


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