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『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』の新しい点について

「物理量が演算子で、それが複素数である謎めいた波動関数に作用する?その波動関数って何?因果律を破って観測で収縮するっていいの?シュレディンガー方程式に従う連続的な時間発展ではないから、その観測による収縮って変でしょ?」という疑問から解放されたい方には、この教科書がお勧めです。力学や電磁気学、解析学や線形代数の基礎知識を持っている大学理学部物理学科の2年生から3年生向けの内容になっています。

『入門現代の量子力学』は、量子ネイティブ育成のための現代的な量子力学の教科書です。そしてヴィクター・ワイスコップに習って、"It doesn't matter what we cover in the textbook, it matters what you discover"の精神で書かれてます。水素原子などのこれまで標準的だったテーマを全体的にカバーして、その内容を嚙み砕いて分かりやすく教えることが目的ではなく、代わりに新しい量子時代の基本的思考法をぎっしりと書いています。「発見」は英語で「discover」ですが、この中の接頭辞のdisは否定を意味します。つまりカバー(cover)をはずす(dis)ことで、ちょうど発見(discover)という意味になっているのです。"It matters what you discover"とは、何をこの教科書から読者が新しく発見する(ディスカバーする)かが重要という意味です。この教科書には、そのための伏線を本文だけでなく、註や付録にも散りばめました。21世紀流に量子力学の理論を作っていく臨場感を感じて頂ければと思います。

この教科書の特徴を具体的に述べると、次のようになります。

(1) 量子力学は情報理論の一種であることを強調し、前世紀に議論された「観測問題」は疑似問題に過ぎないことを明確にしてある。

(2) 最小限の実験結果を使って理論を組み上げていくスタイル。特に確率解釈のボルン則や量子状態重ね合わせは仮定ではなく、導出されるもの。目の前に置かれた未知の系Xが、量子力学の法則を満たす本物の量子系かどうかを実験で確認する方法を与えている。その作業では宇宙にある他の物理系との関係を全部調べあげる必要はなく、そのXだけを実験することで、量子系であるかないかを確実に決定できる。

公理や前提を最初に述べて、その帰結だけを示していくスタイルの教科書が主流だが、そのデメリットは大きい。公理から予言される現象をいくら実験で確認し続けても、どの実験報告の段階からその系が本当に量子系であると断言できるかが曖昧となる。「これだけ沢山整合する実験結果もあるし、多分量子系であろう」という感じに終始してしまうのが、公理から出発する教科書の弱点になっている。本教科書のスタイルには、最小限これだけの実験をして理論と整合をすれば、その系は完全に量子力学という法則を満たす真の量子系であると断言できる強みがある。

また公理系から始めるスタイルの教科書には他の問題点がある。例えば波動関数や状態ベクトルをヒルベルト空間の元だと数学的に定義してしまうことで、後々まで「その波動関数や状態ベクトルの物理的意味は、その実在性も含めて分かっていない」と読者に思わせてしまう。このため元々は存在もしない「観測問題」の沼に読者を突き落としてしまう悲劇が起きるのである。本教科書では、その不要な迷路の入り口を完全に塞いている。

(3) 量子力学における物理量と量子状態(波動関数)の定義を操作論的に明確に与えている。(これまでの教科書では波動関数の定義は曖昧か、もしくは天下り的だった。)たとえば高精度な量子コンピュータを、将来の物理量の定義の世界標準に使える。

(4) 行列や複素ベクトルは、確率に基づいた情報理論である量子力学の単なる表記に過ぎないことを、明確に説明。電磁気学のマクスウェル方程式が四元数や外微分形式の表記でも書けるのと同じ。量子力学を行列や複素ベクトルや波動関数で書く必要は本来ない。

(5) 量子コンピュータの理解に必要な量子測定理論や量子情報理論の基本アイテムを紹介している。

(6) 第15章では量子力学以外の一般的な確率理論や情報理論も扱う定式化を紹介し、そのような異なる多数の可能性の中から何故自然は「量子力学」という体系を選んで、自分に実装したのかに関する議論も加えてある。

(7) 二準位スピン系を記述する隠れた変数の理論の具体例を付録Gに与えている。この隠れた変数理論も状態ベクトルや密度行列で記述できるので、状態線形重ね合わせや射影演算子を使ったボルン則は、量子力学固有の性質ではなく、ある種の古典的な隠れた変数理論でも生じることを明確にしている。


『入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として』(堀田昌寛)|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)

【今世紀の標準!】
次世代を担う物理学徒に向けて、量子力学を根本的に再構成した。原理から本当に理解する15章。学部生から専門家まで必読の一冊。

【目次】
第1章 隠れた変数の理論と量子力学
第2章 二準位系の量子力学
第3章 多準位系の量子力学
第4章 合成系の量子状態
第5章 物理量の相関と量子もつれ
第6章 量子操作および時間発展
第7章 量子測定
第8章 一次元空間の粒子の量子力学
第9章 量子調和振動子
第10章 磁場中の荷電粒子
第11章 粒子の量子的挙動
第12章 空間回転と角運動量演算子
第13章 三次元球対称ポテンシャル問題
第14章 量子情報物理学
第15章 なぜ自然は「量子力学」を選んだのだろうか
付録


EMANさんによる電子参考書も出ていますので、是非購入の上、お使いください。

堀田量子ガイド|EMAN|note

また下記の補足もご参考にしてください。

『入門現代の量子力学』補足 - Quantum Universe (hatenablog.com)

なお正誤表は下記にあります。
『入門 現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』 - Quantum Universe (hatenablog.com)

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