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状態重ね合わせは隠れた変数の理論でも現れる

『入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として 』 (KS物理専門書)の付録では、二準位スピン系を説明する隠れた変数の理論の具体例について書きました。第2章の定式化を使うと、そのような隠れた変数の理論も状態ベクトルで表現できて、異なる状態の線形重ね合わせができることも分かります。

つまり「状態の線形重ね合わせ」は、量子力学の専売特許ではありません。 この辺りは今でも世間で広く誤解をされていると思います。実際には、二準位スピン系の隠れた変数の理論では、線形ベクトル空間の元としての純粋状態を考えることができ、またボルン則でその物理量の観測値の出現確率も計算できます。

隠れた変数の理論が破綻するのは、2個の二準位スピンの量子もつれ状態を考える場合です。量子もつれ状態を考えることで初めて、隠れた変数の理論は否定できます。

一般的に言うと、1回の測定で区別できる純粋状態を有限複数個のみ持つ物理系で、かつ空間回転のように、純粋状態を連続的に他の純粋状態へ変化されられる物理操作が存在する場合には、自動的に純粋状態の線形重ね合わせが出てきます。量子力学という特別な理論でなくてもシュレ猫状態のようなものが必ず現れるのです。

状態の線形重ね合わせは「量子力学らしさ」を示すと書いてある書籍も多いのですが、実際にはそれは量子力学という特定の理論の特徴ではないということになります。

では古典力学にシュレ猫のような状態重ね合わせが何故出てこなかったというと、1回の実験で区別できる無限個の純粋状態が隣接して、それが連続的に分布をしていたからです。

つまり古典力学の相空間上の各点(x1,x2,x3,p1,p2,p3)が全て1回の実験だけで互いに区別できる純粋状態であったためなのです。ラフに言うならば、空間回転のような連続的な物理操作を1つの純粋状態にある粒子に施しても、その粒子は無限に近くかつ区別可能である純粋状態を次々に飛び移れたためでした。

一方、スピン系のように、1回の実験で区別可能な異なる純粋状態が有限個しかない系で、空間回転のような連続パラメータで記述される異なる物理操作を行うことが可能な場合には、状態線形重ね合わせの出現は避けることができないのです。

教科書付録Gの隠れた変数理論の例と第2章の定式化を考察すると、状態の線形重ね合わせが出てこなかった「古典力学」という理論のほうがむしろ極めて特別な理論であったことも分かってくるのです。結構深いことも書いてある教科書なので、皆さんも頭を捻って、いろいろ考えて楽しんでみてください。

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