少年は涙を見せたら負けだと思っていた
毎日、12才の少年は、屋根に登って父親が来るのを待っていた。
養護施設にあずけて去った父親は、きっと戻ってくると信じていた。
しかし、子持ちの30才の男では、誰も雇ってくれないと、荷物を路上に放置するように少年を置き去りにした。
施設で「お父さんは、立ち去る時に何か言った」と聞かれたとき「なんか言ったと思うけど、思い出せない」と、父親をかばう少年だった。
(この話は、日本で実際に起きたことを、フランス人監督が、映画化したものです)
少年シリルは、父親を待ちきれず、街へ出た。施設に帰そうとする養護師と小競り合いになった。
それを見ていた美容師のサマンサが、私に任せてとシリルを引きとった。
「自分には小さな弟がほしい」と言った女性がいたが、まさにサマンサは、
このタイプ。
母性愛が強い女性だから、シリルを引き取ることをとっさに決めた。
翌日、シリルは「施設に置いてあった自転車がなくなっている」とサマンサに訴えた。
サマンサが施設に問い合わせると、父親がとっくに売り払っていたことがわかった。子供を捨てたら、自転車も捨てる。父親には、疑問をはさむ余地さえなかった。
シリルは「自転車は売っていない。保護してくれているんだ」と父親をかばった。サマンサは、黙って自転車を買い戻してやった。
しかし、このことで、父親の勤め先のレストランがわかった。サマンサは、シリルを父親のところに連れて行った。
会いたくないと拒否されたが、サマンサは無理やりシリルを店に押し込んだ。
シリルは、父親の厨房に初めて入った。しかし、親子の熱い抱擁はなかった。
父親に止められたが、シリルは料理の下ごしらえを手伝おうとした。役に立って父親のもとにいたいと思ったが、かなわなかった。
父親は、サマンサに「ここの女主人と同居している。子供がいることがわかったら、ここをクビになる。息子には来るな、電話もするなと言ってくれ」と頼んだ。
「自分で息子に言ったら」とサマンサは突っぱねた。
二人は、父親の厨房を出た。渚に打ち上げられた小魚のようなシリルを、サマンサは車に乗せた。
どんなに悲しくても、深く傷ついても、涙を見せない。少年はそう決めていたのだろう。父親に捨てられた痛みを超えたら、何も感じなくなっていた。
シリルは、ダッシュボードにあったカッターナイフを手に取った。
ためらうことなく、いきなり自傷行為を始めた。
サマンサはシリルからナイフを奪い、落ち着かせた。
「本当は一緒に住みたいけど、お父さんはお金がないみたいよ」と、シリルをなぐさめた。シリルは嘘だと思った。
母親とは死別し、自分にとって、世の中には父親しかいない。しかし、父親には、帰ってきた捨て犬を見るような目つきで、冷たく拒絶された。
父親を見返してやると、シリルは思った。
シリルは、近所の不良グループと付き合いはじめた。サマンサが、最も懸念していたが、止めようがなかった。大人を相手に戦ってきたシリルだから、怖いもの知らずだった。
シリルは、ボスに見込まれ、新聞販売の親子を襲って、お金を奪う段取りを教え込まれた。
無防備の親子を殴りつけて、売上金を強奪した。パンケーキを口に入れるくらい簡単だった。
しかし、息子に顔を見られたことを告げると、局面が一変した。
執行猶予中のボスは、「このことはなかったことにする。2度とここへ来るな」と言われ、金を投げ返され、絶交された。
この金を父親に持っていけば、喜ぶだろう。役に立つと思ってくれるだろう。
しかし、父親は、子供がこんな金を用意できるわけがない。
「変なことに、親を巻き込むな」と言って、金をまた投げ返した。
父親は、息子に顔向けできないことをしているが、そんなことはお構いなしだ。
シリルは、こんな大人の理不尽さには、慣れっこだった。
むしろ慣れていないことは、父親に叱られたこと。それは、かまってもらえたという、よろこびだった。
大人を信じない、愛を知らない、孤島にいた少年に光があたった。
サマンサになぐさめられた時に、頬を寄せられて「息が温かい」と感じた、愛の温もりにも似ていた。
シリルは、生きていこうと思った。
⭐️⭐️⭐️
母性愛は何も求めない。だから、崇高だ。日本で起きた物語であったことをうれしく思った。
喪失感からどう逃れるか。暗い雲の裏側の陽光を思い浮かべる力がないと見えないものがある。失望を希望に上書きする力が少年にはあった。
・子持ちのシングルは、一生懸命働くだろう、助けてあげようと雇用してくれるのが(セイフティ・ネットが張られた)公助のフランス。
子を捨てなければならない親の自助の設定だけが、日本。このハイブリッド映画の違和感だった。
※ご高覧いただきありがとうございました。また、お越しください。