【日記】人間の耳の分解能は次第に衰えるのか
先日、誕生日があってその前に嫁にプレゼントは何がいいかと問われていて、そもそも最近の自分に物欲がないことに気付いて軽いショックを覚えた。アマゾンのおすすめをいくつかめくる、そもそも人間には何が必要なのか、こういうものを欲するはずだという計算の叡智が詰まっているはずである、カテゴライズされた物品の数々、それは物理的なものだけではなくデータ、つまり精神性を象徴する重さをもたない数々のものまで含め、一覧しても、まるで自分の金をはたいて購入すべきと思えるものがなかったのである。
そもそも、誕生日プレゼント、略して誕プレなどとも呼ばれるが、そういうものはプレゼントするものが提案し購入し受け渡すべきものである、もらう人は幽かにサプライズみを感じながらその事物を受け取り、うわぁ~ありがとうちょうどほしかったんだよねこれ、あるいはすごいきれい~部屋に飾ろっかななどという反応を示す、この一定の流れに依って相互の贈与本能とでもいうべきものを充たし、これが贈与であるということは互恵性を厳密な量的釣り合いを以て充たさなければならない等々といった儀式的重みを持っていべきものであるといったような向きもあるだろうが、わたしはそういったもののいちいちがもうかったるくてしょうがない、欲しくもないものが少しでも来る可能性があるのであればそれは気持ちだからなどというごまかしの言葉で済まない、ロスカットせよ、またその互恵性を暗に想定して価値あると自分が判断したプレゼントを遣るのだから自分もそれに相応したものを送るべしという仕来りも承服しかねる、現金をもらうとまで感情を砂漠化させるわけではないがせめて、当日突然聞かされるみたいなものは勘弁してくれ自分が今まさにほしいものを呉れるのが一番のプレゼントじゃないかだからサプライズで云々というのは喜ぶ人もいるんだろうが自分には向かないので止してくれと、折に触れて伝えていた甲斐もあり、予め同意があってプレゼントを交わすということに違和感を感じないようになってくれているので助かった。ともかく誕生日の一ヶ月ほど前から、どんなものが良いのかの話し合いがもたれることがあった。
しかし上記のように今しいて欲しいものは見当たらない、強いて言えば……そう、半年前ほどに、今考えると良くないのだが中古ではあるがかなり音質の良い部類に入るワイヤレスイヤホンを買った、だが届いた時点でおそらく相当度劣化していたのだろう、今や取り出してからものの二十分経てば右耳のものだけバッテリーが五パーセントになるという具合で、これが左右対称ならまだ印象が良かったろうに、その偏りも含めて使用するのにずいぶんストレスがかかるようになっていた、そうかこれを買い替えるのが一番今自分には需要があろうと思い、ワイヤレスイヤホンを買ってもらうことにした。
しかし、突然手元にワイヤレスイヤホンが渡されたとして、やれ音質がちょっと悪いだ、使用感が想像と違っただ、そんなことは仮にあったとして貰ったものに対してそんなこと言う謂れもないけれども、内心にそんなストレスを抱えながら生きていくのは勘弁、と思ったので、店頭で選ばせてもらって買ってもらうことにした。これもなかなかに無粋な話ではあるが、逆にいえば、本当にベストな状態でのワイヤレスイヤホンが手元にあること、これは自分にとっては、最大級のプレゼントであることは疑いない。なのでそういう成り行きになった。
そして、いざ店頭に赴く。店も、地域最大級とかいうわけではないが、それなりに品ぞろえの良い店にした。ところが、五年とかもっと前に同じようにイヤホンを選んでいた時には、これはわずかに音がしっとりしているとか、高温が少し嫌な響きをしているとか、空間が感じられるとか、この鈴々という音がわずかに聞き分けられるとかいったことを手に取るように感じながら選んだ、一万円台から三万円台のイヤホンが、今の自分の耳にはぜんぜん聞き分けられないのである。
やれ感性がもう地に落ちておるな。もう私の選択眼には、すこしブルートゥースの接続のスピードが速いとか、イヤホンが本体の磁石に吸い付く感触がいいとか、そんなことで選んでしまっている自分を発見して、耳の内耳にあると言われている、ピアノロールのように並んでいる周波数別の神経感官器官が、わずかにその高音域から順番に冒されていく、いずれモスキート音と呼ばれている、本来可聴範囲内と言われている波長の音声すら聞き分けられないようになるそのグラデーションのキザハシにいるのだという悲しい感想を得てしまった。
結果購入した二万九千九百円程度であったオーディオテクニカのワイヤレスイヤホンは、充電はめちゃめちゃ保つし音は少なくとも良く自分には聞こえるし磁石のカチャッていう感触はいいしその場でノイズキャンセリングをオフにできるタッチセンサーの操作ができるし(自分はせっかくノイズキャンセリングという高機能があっても実際その音を聞くと何だか鼻が詰まったような耳が開きながら栓じられているような嫌な感覚があるので真っ先に解除したい)気に入って使っている。
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