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必読! 第14回翻訳ミステリー大賞受賞作 リチャード・ラング『彼女は水曜日に死んだ』(吉野弘人訳 )&第2位 ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』 (山田蘭訳)

第14回(2023年)翻訳ミステリー大賞に、リチャード・ラング『彼女は水曜日に死んだ』(吉野弘人訳 )が選ばれた。

翻訳ミステリー大賞とは、翻訳者の投票によって選ばれる賞であり、前年に発表された海外ミステリーのなかで、もっとも「翻訳者として読者にぜひとも読んでほしい」作品に贈られる。(ちなみに、以前紹介した翻訳ミステリー読者賞は、読者の投票によって選ばれる賞である)

今回の最終候補作となったのは、同作にくわえて『ポピーのためにできること』『われら闇より天を見る』『キュレーターの殺人』『辮髪のシャーロック・ホームズ』の5作であり、そこから最終投票を経て大賞に輝いた。

この『彼女は水曜日に死んだ』は、アメリカのカリフォルニア出身の作家リチャード・ラングによる全10篇の短編小説集であり、翻訳ミステリー大賞受賞作ではあるが、どの短編も殺人が起きて犯人探しをするといった謎解き小説ではない。広義の犯罪小説ではあるが、殺人や謎解きが苦手という人もぜひ手に取って読んでみてほしい。

何がいけなかったのか? 自分自身に問いかけるもうひとつの質問だ。

「甘いささやき」(Sweet Nothing)

この台詞は、原著の表題作「甘いささやき」(Sweet Nothing)の主人公が、自らの過ちのせいで家庭も仕事も失ってしまった自分自身に向けるものであるが、この短編集全体に流れている問いかけでもある。

どの短編の主人公も、程度の差はあれ――表面的にはまっとうな生活を送っている者もいれば、どこから見ても完全に破綻した者もいる――「こんなはずではなかった」という苦い悔恨を抱えている。

どうしてこんなクソみたいな人生を生きなければならないのか?
どうしてこんなクソみたいな連中に取り囲まれているのか?
クソみたいな連中に囲まれたクソみたいな人生はいつまで続くのか?

最後の問い、「いつまで続くのか?」については答えがない。
現実の人生がそうであるように、この短編集においても、なんの罪のない者があっけなく命を落とすこともあれば、クソみたいな連中が生きのびることもある。
水曜日に死んだ「彼女」のように、いきなり心臓発作で死ぬ者もいれば、人間にはどうしようもない山火事で命を奪われる者もいる。生まれてまもないうちに殺される赤ちゃんもいれば、赤ちゃんを殺して平気な者もいる。

そんな不条理な世界を生きのびた――生き残ってしまった――主人公たちは、絶望と背中合わせの日々を送りながら、それでもよりよい、というより少しでもマシな生き方をしたいと願い、それがうまくいくときもあれば、どうにもならないときもある。誰が悪いわけでもない。自分がろくでもないからろくでもない人生を送る羽目になったのだ、とわかっているからやるせない。

ポケットいっぱいに金と運を手に入れたのに、考えているのは失ったもののことばかり。うまくない。まったくうまくないぞ。こんな重荷を背負ってプレイするなんて、はなから死んだも同然だ。

「万馬券クラブ」(The 100-to-1 Club)

失ったものの数はかぎりない。失ったものを背負って生きていくのは、「死んだも同然」なのだろうか? それだけ多くのものを犠牲にして、いったいなにが手もとに残ったのか? いま手にしているものは、それだけ多くのものを犠牲にする価値があったのか? 

答えはない。主人公たちは、ときには「クソ最高だ」「ぼくたちは最高だ」と自分に言いきかせ、またときには国境の南へ思いを馳せて、こういった葛藤をやり過ごそうとする。過去はもちろん、未来すらも自分ではどうしようもないのだから。

あることが起きていたら、あるいは起きていなかったら、自分の人生はどうなっていただろうか? 

「灰になるまで」(To Ashes)

いや、そうだろうか? 未来になんて目を向けていなかったはずなのに、それでも完全に期待を捨てることができない。そもそも期待がなければ葛藤も生じない。希望がなければ馬券も買わない。国境を越えればなにかがあるのではないかと望みを捨てられない。どうせ期待外れに終わるのだろうと頭のどこかでわかっていても。

先に書いたように、この短編の主人公たちの多くは、まっとうな人生からはみだしている。けれども、たとえまっとうな人生を送っていても、悔恨や葛藤を抱えていない人なんて存在しないだろう。これらの短編を読んで、心に蓋をしていた葛藤を掘りおこして見つめなおすのもいいかもしれない。

あともう1作、翻訳ミステリー大賞と翻訳ミステリー読者賞の両方で惜しくも2位になった、ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』 (山田蘭訳)も全力でお勧めしたい作品である。

『彼女は水曜日に死んだ』と異なり、まぎれもない謎解き小説なのだが、これはこれでかなりの変化球であるため、読みはじめはかなり面喰ってしまうかもしれない。
なんといっても、小説であるはずなのに地の文がなく、ほとんどすべてメールのやりとり(たまに会話などが挿入される)で物語が進んでいくのだから。

送信者:イザベル・ベック
件名:今夜はオーディション!
日時:2018年4月8日 07:44
宛先:サマンサ・グリーンウッド

やっほー、サム。
昨日は手を貸してくれてありがとう。あんなに何人も抜けちゃって、病棟はもうてんてこ舞いだったから。…………

といった具合でメールのやりとりがえんえんと続き、それを読み解いて、犯人探し、というより、いったいどういう事件が起きるのか?について推理しなければならない。
登場人物も膨大なので、登場人物表をこまめにチェックしないと何がなんやらとこんがらがりそうになるが、上の引用からもわかるように、それぞれのキャラクターがメールから理解できるように訳し分けられているため、主要な登場人物のキャラクターはすぐに頭に入る。

が、ここにも落とし穴が仕掛けられている。
現実世界でもめずらしい話ではないが、メールやSNSと実物のキャラクターが乖離している場合もある。ときには「なりすまし」すらある。なので、本人のメールだけではなく、周囲の人のメールから総合的に事態を把握しなければならない。

引用したイザベル(イッシー)も、「やっほー」なんて挨拶するのは陽キャラだけに許された蛮行と思いきや……とまあ、この本は実際に読んでもらわないと、なかなかおもしろさが伝わらないと思うので、興味のあるかたはぜひとも読んでみてほしい。

そして、この翻訳ミステリー大賞は次回の第15回で終了するとのこと。
なんと淋しい、残念だ……だが、失ったものを数えていても仕方がない。(いや、まだ失ってないけど)
これまでの総決算となる来年、翻訳ミステリー大賞&読者賞(読者賞は今後も続きますが)を、みんなで盛りあげていきたいと思います。


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