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北の国の忘れ得ぬ人々 #8  笑える運転技師さん

 無口で実直。そんな北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の運転手さん像をひっくり返してくれたのが2016年訪朝時の運転手さんであった。

 初めて会った時に免許の種類を聞くと「ぐふふふぅ。見ますかっ!」と個性的な笑い声ドヤ顔と共にバッと見せてくれた。案内員も身分証明書の類はまず見せてくれないのだが少し驚いた。お礼にぼくの日本の免許証を見せた。案内員と共に珍しそうに見ていた。

「滞在中、無事故無違反で頼みますよ」というと「ぐふふふぅ。当たり前じゃないですか」と笑いながら返してくる。これまでの運転手さんだったらはにかむのが精一杯だった。愉快な人だなと思った。

 休憩時にたばこを振る舞ってみた。火を借りるついでにぼくのたばこを渡すと遠慮なく吸う。バージニアスリムのメンソールを吸っていたのだが、メンソールは嫌いだったようで、次からは「あの先生が持ってるセブンスターをくれ」と厚かましくいう。別の同行者が持っているたばこを指差し平気でいうのだ。「ぼくのじゃないから無理だよ」というと「ぐふふふぅ。無理ですか」と笑う。何かあればぐふふふぅと個性的に笑うのだ。

 車の芳香剤をプレゼントすると「こりゃなんですか?芳香剤?わっ!すごくいい匂いがしますね。え?私へのプレゼント?ありがとうございます。ぐふふふぅ!」

 北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国での最高級のたばこ「727」を買った。普通のたばこが100ウォンのところ、約400ウォン。結構な値段がする。帰国時に空港の税関で没収されるという噂もあったので、案内員といっしょに運転手さんを手招き呼んだ。

「技師同志も工作手伝ってよ!」。工作?ということばに案内員も運転手さんもまたこの日本の先生は、性懲りもなくアホ―なことを言っとるという顔をしていたが、開封したたばこは帰国時に私物扱いになり没収されないのだと事情を話すと納得し、3人で最高級たばこを吸った。味を聞くと「ぐふふふぅ」と親指を立てた。

 ある日はぼくが眠気覚ましに食べていた超強烈なミント味のタブレットに興味津々だったので渡すと、不意打ちの辛口に涙を流しむせながら「ぐふふふぅ」と喜び、次の日「昨日のアレありますか。ぐふふふぅ」とねだって来る。案内員と3人で食べ「くぅーーー!やっぱりきっついなぁ」と天を仰いだ。未来科学者通りでいっしょに記念写真撮らない?とダメ元で言ったら「ぐふふふぅ。いいですよ」と笑い、いっしょに肩を組んで撮ってくれた。「ぐふふふぅ。写真、次来たら渡してくださいよ」と言っていたがその約束はまだ果たせていない。

 しかし、この運転手さんにぼくは裏切られる。平壌ホテルに、平壌イチのバーテンダー、チェ・ユンジュさんに会いに行った時の話だ。3度目の再会。

 ユンジュさんを上から下までじろりと見て、その目の前で運転手さんは言い放ったのだ。
「あんたか?日本の先生様が気に入った女性というのは。確かに美人だ」。そしてこちらを見てぐふふふぅと笑う。ユンジュさんは「あらまあ。ほほほ」と笑うが、こっちはたまらない。案内員も笑っている。ぼくは運転手さんに憤然と抗議した。

「なんてことをいうんですか。彼女にも失礼でしょ!もういい!わかりました。今まで技師同志と呼んでたけど、これからはおっさん(아저씨)と呼びますよ。このおっさんめ!裏切り者のおっさんめ!」というとぐふふふぅと笑う。おっさん、全く反省してねえな。こっちも笑いながら肩をグイと押すとまた「ぐふふふぅ」と憎たらしくも笑うのだ。

 空港で別れる時、おっさんは念願のセブンスターを両手に抱えて満足そうに「ぐふふふぅ」と笑っていた。
「おっさんまたね」と手を振ると「ぐふふふぅ。また来てくださいね」という。「おっさん。写真持って来るからね」というと「ぐふふふぅ。ちゃんと持ってきてくださいよ」と笑う。案内員は空港の中まで見送りに来るが、運転手さんは空港には入らない。ゴキゲンな様子で両手いっぱいのお土産を車に積み込む姿を見ながら、ぼくは空港の建物に入って行った。

■ 北のHow to その41
 愛車ということばの通りおっさん、もとい運転手さんは自分の車をとても大事にしています。たばこもプレゼントとして喜ばれますが、特別感を出すならカー用品をプレゼントしたい。芳香剤もいいですが、例えば窓に塗る雨粒除けのクリームなどもお勧めです。

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