東京日朝焼肉大戦争血風録(15)
西横浜。横浜からわずか数駅とは思えないくらいの地味な駅。普通電車しか止まらない。朝鮮総聯の幹部が同じ電車に乗っていた。ぼくの連載のファンであることを公言してくれるありがたい存在である。
「なぜ君がここに?」
「え?なんか3000円でカルビとスッポンと猪と犬肉が食えるって聞いたので来ました」
「なんだ。ぼくといっしょか」。
幹部氏と並んで目的の建物に向かう。住宅地の中にある2階建てのこじんまりした建物。中に入るとぼくを誘ってくれた男性がいた。「じゃ、3000円よろしくお願いします」。ホントに3000円ぽっきりだよなー。あとから追加ないよなー。
建物の中にテーブルが並ぶ。その真ん中にどっかと七輪を置く。ぼくは幹部氏と同じテーブルになってしまった。
肉じゃ肉じゃ肉じゃ!と肉が紙皿に乗ってやって来る。缶ビールに缶チューハイがどかどかどかとやって来る。ぼくはサイダーを貰う。さらにキムチ!白飯!テーブルは一気に朝の山手線状態になってしまった。
「これがカルビ。こっちがスッポン。これは猪。あ、この別皿は犬ね!」。エプロン姿のおばちゃんが解説してくれる。幹事が前であいさつし、乾杯。はじまりはじまり。参加者の割合は在日コリアンが8。日本人が2といったところか。
さて、幹部氏とテーブルを同じくしてしまった。ここはどうふるまうべきか。ちなみに幹部と書いたが氏名と役職は書かない。日本政府の制裁対象、再入国不可の名簿に載っている人である。この人が日本を出国すると再入国できない。仕事と生活の基盤は日本にあるから、仕事などで北朝鮮に行くわけにはいかない。北朝鮮以外でも出国はダメ。移動は日本国内に限られる。
と、いうことで察して欲しい。
幹部氏を前に、合コンで人気を集める気の利く家庭的な女の子アピールでもやるかと決めた。さて、まずは肉でも焼くかとトングを探すが、ない。ぼくのテーブルは在日コリアンの方ばかりである。あ、誰だよトング持って行ったのは?友よおまえかと横を見たら、その幹部氏がまさかのトングを握っている状態。
「いーからいーから。特に北岡さんは痩せてるんだから食べなきゃ」。
幹部氏が肉を焼き、ぼくが食べるシチュエーション。
「酒はやらないの?」と幹部氏。
「酒はダメでして」とぼく。
「平壌行って酒呑まないって、夜大変でしょ?というか、しらふで平壌のバーの女の子からかってたわけ?」。
「酒の臭いだけでいけるんです、ぼくは」。
幹部氏は気さくにはっはっはと笑った。
これは気まずい。ものすごく気まずいぞぅ。汗がだらだら出てくるのは真夏だからというわけだけではない。暑い汗と冷たい汗がいっしょに出ている。朝鮮総聯の幹部に肉焼かせて食べてるこの状況はさすがにまずい。
だがぼくの知っている幾人かの朝鮮総聯幹部、在日系企業の偉いさんは総じて腰が低い。いつも上座に座らされ、必ずトングは相手に握られ、それ食えやれ食え攻撃を食らうのである。支払いも断られる。
理由はいくつかある。「日本人が少ないこの席では日本人はお客さま」という気持ち。「肉を焼くのは俺たち在日に任せろ」。「若い奴の金は受け取れねえ」etc。
事実、在日コリアンは総聯幹部でも若手でも肉を焼くのは本当にうまい。ベストのタイミングで、肉がほいっと皿に放り込まれる。サンチュにキムチを包めばあとはごっつぁんゴールを決めるだけというシチュエーションで繰り出される絶妙なるセンタリング。今の三浦カズでもハットトリックを決められるレベルである。そういや横浜FCだったな。三浦カズ。
合コンで家庭的アピールするあざとい女の子的役割など、そもそも求められていないのである。ま、相手も男性だし。男芸者に徹しなくってもいいの、か、なあ…。
何だか目の前が暗くなってきた気がした。あと頭が少し痛い。アルコールを飲んでいるわけでもないのに。ろれつも少し回らない気がする。
隣に座る在日コリアンの友人にこっそり窮状を訴えた。「あ!」と友人は気づいた。「外!急いで外に行って新鮮な空気を吸ってください」。
あれ?足元もおぼつかないぞ。急な階段を危うく降り外に行くと夏の太陽がやけに眩しい。頭痛はしばらくして治まった。しかしなぜ頭が痛かったのだ?「異邦人」の主人公、ムルソーは耳元でささやく。「太陽が眩しかったから」。いやいやいや、それは違うだろう。俺、人殺さないし。深呼吸して席に戻る時に気づいた。
室内に居並ぶ七輪。その余りの多さに驚いた。その全てが夜の川崎のコンビナート群のごとく白い煙をもくもくと吹き上げている。窓は開けはなたれ、クーラーはフル回転しているが明らかに空気の回転が足りていない。
「ま、まさか一酸化炭素中毒だったのか!」。知らぬ間に命がけで焼き肉を食べていたわけかぼくは。3000円ぽっきりの恐怖。「真夏の焼肉会で日本人一酸化炭素中毒で死亡」。家族は泣く。いや泣いてくれるかな。「在日コリアンの方と大好きな北朝鮮の話を存分にして、焼肉食べて頓死とは故人もさぞ楽しかったことでしょう」と笑う気がする。昼の職場はどうだ?
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」(人間失格・太宰治)。
ぼくはお酒呑まないけど、神様みたいないい子だといってくれるかしら?あいつら言わねえだろうなぁ。
ぼくは深呼吸ひとつして、また焼肉の輪に加わった。宴は続く。
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