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神輿と祭と先生様と代表団

 眼に映るもの全てが新鮮で、まるで祭のような非日常的な高揚感。神輿に乗せられたような浮ついた落ち着かない感覚。これが北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国滞在中、真夏の汗ばんだシャツが身体にまとわりつくように離れない。

 滞在中ぼくたちは案内員や接待員から「先生様」と呼ばれ、ぼくたちの一団は「代表団」と呼ばれる。このことばも祭をより盛り上げる材料。代表団の威光たるや実に燦然たるもので、例えば遊園地で長く遊具を待つ人民たちの列をスルーして遊具にぼくたちは乗る。人民たちからは抗議の声も冷たい視線も飛んでこない。 

 ある施設で軍人が誰何して来た。案内員は何か小さな手帳のようなものを見せ「代表団」とだけ告げると、兵士は敬礼をひとつ決めて、手際よくゲートをサッと上げたのだった。

 落ち着かない祭の渦中でぼくたちはどうするか。面映ゆさと、据わりの悪さ、日本での自らの立場との差への戸惑い。そんな複雑な気持ちも沸いてくる。ある人は「ふむふむ。苦しゅうないぞよ」と鷹揚と胸を張り、ある人は「先生様だなんてやめてくださいよ」とひたすら恐縮し、何も考えず「あの娘かわいいよね」と朝鮮語が出来るぼくに橋渡しを暗に依頼する人もいる。

 だが「先生様」ということば、祭の高揚感に踊らされてはいけない。案内員や接待員のこのことばには「敬して遠ざける」「触らぬ神に祟りなし」という、適度な距離感を保ち自分たちを守る意味も込められているからだ。

 滞在中は車で移動する。例外的に平壌地下鉄復興駅と栄光駅の間、一区間だけ乗ることはあっても、市民の足であるトロリーバスや路面電車、バスに乗ることはない。そして自由行動はほとんど出来ない。

 つまり、北朝鮮滞在中は、ぼくたち訪朝団は案内員と接待員というエリートたちが牢固に囲み担いだ神輿に乗せられ「わっしょいわっしょい!」と移動するのだ。神輿の下の風景、市民生活はなかなか見えない。神輿を囲む人民たちは神輿の上のぼくたちに一瞬視線をやるがさっと外す。途中で気になるものを見つけて「あれは何ですか!見せてください!」と頼んでも「わっしょい!」と構わず神輿は前進する。神輿を降りようとすれば案内員から「先生様!しっかり捕まっていてくださいよ」とぎゅっと綱を握らされる。

 ハプニング性は徹底的に排除され、当初予定された通りに、ぼくたちは神輿の上から見せたいものを見せたいアングルから見ることになる。神輿を降りることは簡単にいかない。先生様という扱いにゴキゲンになり、大同江ビールに酔い、神輿の上の居心地の良さに動けなくなってしまった訪朝団の同調圧力が面倒だ。「あなたは団員の自覚をもっと持って、勝手な言動は慎んでほしいですね」と何度日本人の同行者に怒られたことか。

 それが前提だ。

 例えば食事。規則正しく、国の威信をかけた料理が三食しっかり出て来る。冷麺に焼肉。大同江ビールに毎食舌鼓を打つ人もいる。おかげで帰国した時にはほんのり太っているくらいだ。「北朝鮮の食糧事情はどうですか」と聞かれてもこれではわからない。「三食しっかり美味しいものを頂きました。北朝鮮の食糧問題なんてニッポンのマスコミの捏造ですよ」というのが、北側の望む模範回答なのかも知れない。

 神輿の上から見る風景を「全部やらせだろ」とうがって見るのもまた違う。100%唯々諾々と、案内員の「先生様」ということばに酔いつつ彼らのことば通り純粋に信じるのもまた違う。

 北朝鮮の政治と軍事と人事に関しての情報と分析は、世界有数とぼくは評価しているがそれだけが北朝鮮の姿ではないのだ。

 ステージに女優の卵が立つ。スポットライトが様々な方向からあたる。芸能事務所の社長は顔とスタイルを見て、デザイナーは彼女に似合う服を頭の中で描くだろう。彼女の持つバックを目ざとく値踏みする者がいて、靴職人は彼女のヒールのブランドを読み解き、音楽プロデューサーは歌唱力を推し量るのだろう。

 北朝鮮に対してはスポットライトが決定的に足りない。

 例えば食糧問題。三食豊かな食事を食べながらも農業の専門家なら移動途中に見た稲穂の成長ぶりから、農業事情を推測出来るかも知れない。ぼくなら平壌市内でトロリーバスと路面電車に新型車両が増えたこと、数を増やしたタクシーに市民交通の変化とエネルギー事情の変化を感じる。政治家が見る北朝鮮。農業の専門化が見る北朝鮮。女性が見る北朝鮮。オタクが見る北朝鮮。ひとつの風景でも、見る人によって全然見える風景と着眼点は違うはずだ。

 つまり北朝鮮で大事なのは専門性と感受性。神輿の上で先生様とおだてられ「よきかなよきかな」とふんぞりがえっても見えるのは空ばかり。限られた風景から自らの専門性と感受性を全開にして見る。案内員のささいなことばから推理する。そして時々垣間見える神輿の下の風景を見逃さない。

 北朝鮮の旅は疲れる。日本とは格段に違う非日常のやんごとなき扱い。神輿の上にずっといる乗り物酔いのような感覚。団員の同調圧力。目で見たもの、かわされたささいな会話を漏らさない緊張感。1日を終え、ホテルの自室に戻りパソコンでメモをまとめて行く。決まってテレビからは「少年将帥」(北朝鮮の誇るアニメーション)が流れている。ホテルはしんと静まり返っていて、ぼくのキーボードを叩く音だけが響く。頭から指先までがひとつの動脈となったように情報が文字となり平壌の夜は更け行く。

■ 北のHow to その9
 北朝鮮滞在中は見るもの聞くもの話すもの、全てを記憶しておきたくなる。ぼくはデジカメを使うがこれをビデオカメラ、またスマホ(持ち込み可能だ)をボイスレコーダーがわりに使うのも手段だろう。その時は意味がわからなかった情報、1枚の写真があとで大きな意味を持つこともある。

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