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北の国の忘れ得ぬ人々 #8 心優しきカメラマン氏

「お兄さん気をつけなあきませんで。北朝鮮ではめったなことを口にしたらあきまへんで。カメラマンの男性おりますやろ。あれ、ほんまは公安関係者ですねん。わしらがずーっと、北朝鮮おる間何話しているか記録してな。下手なこと言うたら、次からビザ出しませんねん」。

 2004年。これまで何度も訪朝したという日本人男性が声を潜めてぼくに教えてくれた。彼の視線の先には北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国のカメラマンがいた。テレビカメラのような大型のカメラを背負った男性は、確かに案内員に比べたら身体もごつい。目つきも鋭い。そして無口。確かに公安の職員らしい雰囲気はあるが…。ぼくは彼の秘密を打ち明けるような口ぶりにあいまいな笑みを浮かべるしかなかった。

 大人数の訪朝団には案内員と運転手に加えカメラマンがつく。気がつくとカメラを構えてこちらを撮っている。写真は撮り慣れているが、撮られ慣れてはいないのでぼくの表情も自然と硬くなる。

 2013年についてくれたカメラマン氏も、2004年のカメラマンと同様、体型はごつく、またそれに見合った大型カメラをしょっていた。顔もコワモテ。無口。仕事に忠実な職人肌の印象を受けたが、それが崩れたのが大同江ビール工場。案内員が「カメラマン同志も一杯やりなよ」と生ビールを勧めた。

 さすがに運転手さんには勧めなかったが、何度か固辞したカメラマン氏も一杯やり、それから饒舌に話すようになった。考えて見れば無口なのも当然だ。おしゃべりなテレビカメラマンなどあり得ない。マイクで自分の声を拾ってしまうではないか。

 168センチ43キロのぼくの体型を見てカメラマン氏はため息を吐いた。「先生様。もうちょっと食べないとダメです。そして何か運動をしてますか」。北朝鮮の人に体型と運動不足を心配されるとは情けない限り。生ビールをプラスチックの容器に入れて帰宅する白いワンピース姿の主婦を「あれ見てくださいよ!」ぼくが指さすと「おお!先生様よく気づきましたね。そう。あれは大同江ビールです。ありゃ旦那想いのいい奥さんだよ」と頷いた。

 結局酒か!運転手さんのようにツッコミは入れなかった。怖いもん。

 北朝鮮の人にしては体型が大きく、ごついカメラマン氏は、心根の優しい人であった。ぼくが買った北朝鮮タブレットの辞書アプリに、日本人の悪口を複数見つけたことを喜々として報告すると、悲しさとすまなさが混じった複雑な表情で「先生様。どうか朝鮮にいる間は、いい思い出だけをもって帰国してください。私の心からのお願いです」と懇願するかのように言うのだった。

 ぼくは全く傷ついてないし、同部屋の同行者と「いやー、ひどい書かれようですな日本人」「ここまで書くか朝鮮人」と大笑いしていたのだけど。

 以来、饒舌になったカメラマン氏はぼくがタブレットを買う様子を「ちゃんと撮っておきましたよ」と報告し、同行者からプレゼントとして渡された、派手なイタリア製のズボンに戸惑い、その同行者が「子どもにプレゼント」とお菓子の詰め合わせを渡したことに驚き、ぽかんとしていた。

 1枚5千円のDVDをホテルで最終日前日に渡し「じゃ、私はここまでなので。元気でお過ごしください。そしてまた来てくださいね、先生様」とにっこりと笑って去って行った。

 時に北朝鮮での別れはあっけない。こういう時に限って朝鮮語は出ない。あわ、あわわわとぼくは情けなく口をパクパクさせるばかりで、何とかさようならとだけ伝え握手をした。

 カメラマン氏の手は大きかった。そしてその握手はがっちりとして、暖かかった。  

 お別れならお別れとちゃんと予告しろよ。このやるせなさを誰にぼくは言えばよかったのだろう。カメラマン氏?案内員?それとも他の誰かか。行き場のない気持ちが残ったぼくは、案内員を誘って憤然と一服したのだった。

■ 北のHow to その42
 2004年の訪朝時の動画はVHSに。2013年はDVDにまとめられ販売されました。1枚5,000円。気をつけて欲しいのは書店で売っているDVD。日本のDVDプレイヤーでは再生できないPAL方式のものが多いです。北朝鮮を代表する牡丹峰楽団のDVDを入手したものの、TVで見るために帰国後、パソコンでフリーソフトを使ってエンコーディングする必要がありました。

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