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2019世界一周クルーズ紀行【前編】

まさかその翌年のちょうど同じ頃、新型コロナがあんなにも蔓延し世界を震撼させるとは、誰も予想し得なかったことでしょう。日本でそのウイルスの存在が広く知られ、象徴的なできごととなったのはアジアを周遊するクルーズ船、「ダイヤモンド・プリンセス」号での集団感染がはじまりでした。

同号の船会社は米企業ですが船籍は英国で、管轄権はイギリスにありました。それゆえ、日本国内ではイギリスやアメリカの対応を批判する声も出ており、イギリスに在住していた私はこちらでの報道との狭間で、複雑な気持ちを抱いていました。

また、私はホテル業界で働いていた経験があるので、知り合いや元同僚には、似たような職種があるクルーズ船での勤務経験を持つ人が少なからずいます。そのため自分を含め、もし彼らがこのような異例の事態に遭遇したら・・と想像し、とてもひとごとには思えませんでした。それだけでなく、背筋が凍った最大の理由は、その前年の2019年4月、私の両親も世界を一周するクルーズ船の旅に参加していたからです。

この件があって以来特に「クルーズ船に乗るような金持ちは悪」、といった一部の極端な意見や、下船した乗客が地元で村八分にされ、嫌がらせを受けたといった話をニュースなどで、ときおり耳にするようになりました。

実際、なかにはクルーズ船を老人ホーム代わりに使えるような裕福な方もいるようですが、それはそれで幸運ですし、一生懸命働いた結果かもしれません。また、こちらの記事に紹介された手紙にあるような、「困難を乗り越えてやっと余裕ができ、夫婦そろって思い出の旅に出ていた、あるいは余命短いことが分かって、最後の旅をしていた」人たちかもしれません。乗客の数だけそれぞれのストーリーがあるはずです。

両親の場合:クルーズ旅行に申し込むまで

翻って私の両親ですが、特に感動的な理由もなく、このクルーズ旅行の決断は唐突だったようです。たまたま新聞の折込チラシにあった世界一周クルーズの案内を母が発見し、父に見せたところ「これはなかなかいいねぇ」という反応で、早速申込をしたとのこと。

母はもともと、オリエント急行など海外の豪華列車を希望していたようですが、以前よりリタイアしたら船旅で世界一周をしてみたい、という父の夢に合わせたというのが経緯だそうです。どちらも子供たちにはまったくの初耳で、聞かされたのも出発直前と寝耳に水、青天の霹靂でたいそう驚きました。

また、これも後日談として聞いたので知らなかったのですが、父は2011年に1度、大きな心臓の手術をしています。幸い手術は成功し、現在まで大過なく過ごしてこれたのですが、その頃から死を身近なものと意識し「やりたいと思ったことは、先延ばしにしないですぐに決断した方がよい」と強く思うようになったそうです。

そのやりたいこと、というのが世界一周とはまたデカく出たな、という感じですが・・「イマでしょ!」という気分だったのですね、きっと。

こちらの記事では、その両親が2019年に23ヵ国34寄港地を98日間、船で旅した軌跡を紹介しています。コロナ禍以前の話なので、冒頭で述べたようなシリアスな記述は一切なく、両親がどこの国、都市を周り、そこでなにを観て食し、感じたのか、写真とともに寄港先の様子を振り返るという、単なる個人旅行の明るく楽しい記録です。

本来であれば、このような「前書き」や「お断り」のような記述は不要で、いまから書くことがそのまま導入文となっていたはずですが、なんせ未曾有のコロナ禍が発生してしまったので、いかにコロナ前の話であったとしても海外旅行、それも何ヵ国も周って「レゲエミュージック🇯🇲最高!(by 父)」なんてお気楽なコメントは載せ辛く、タイミングも見計らっているうちに、あっという間に3年もの月日が流れてしまいました。

また、コロナはまだまだ終わったわけでもなく日本を含め、たいていの国では制約なく、自由に観光を楽しめる状況にもなっていません(イギリスはそのなかでも2022年8月現在、かなり無制限な国となっていますが・・)。

特に日本ではいま、コロナ感染の第7波が到来していると聞きます(いえ、イギリスも感染者数は増えているのですが・・)。「皆さんも行ったつもりになって、旅先の雰囲気をぜひ味わってみてください」などと誘い文句を並べることは簡単ですが、こういう表現に正直シラける気持ちもよくわかります。

本記事の概要と趣旨

けれど旅人、ましてやコロナ以前の旅行記に罪はありません。普段とは違う世界に興奮し、感動の声を上げることはとても素直で普通の行為だと思います。本編では、両親が航海中にLINEで送信してきた、以下のようなコメントを中心に掲載しています。

「今、スペインのビーゴ(Vigo)のレストランテにいます。天気は快晴。抜けるような青空。スペイン北部ガリシア地方の港町で大西洋、地中海、バルト海への玄関口でもあります。街歩きもそこそこにポルボアラフェイラ(茹でたタコにパプリカ、塩、オリーブオイルをかけてパンと白ワインで食べる)を楽しんでます。」

パーリーメイ父
(中編内からの引用なので、前編ではまだスペインは登場しません。中編でお楽しみください♪)

どうですか、このポッシュでイケすかない表現。ときに、天気の悪いイギリスで読んでいると、イラッときます。

同じように記事を読んで、少なからず不快になる人が出てくるかと思います。そのような方の目には触れないよう、ここから先は有料公開とさせていただきます。それでも現地の風を感じる、魅力いっぱいの紀行文を読んでみたい、という方だけにお読みいただければ、編集者(本紀行文の)冥利に尽きます。

両親からは縁起でもないと怒られそうですが、私はこの旅の記録を作成し、両親が元気で快活だった頃の思い出、生きたとして、このnoteで今後いつでも好きなときに、読み返したいと思っています。

また、旅先だけでなく、移動中の船内でのアクティビティや設備の様子もつづっていますので、私のようにクルーズ旅行などあとにも先にも縁がない人にとっても、興味深い内容になっているかと思います。

いくらでも情報が転がっているネット社会のいま。そんな記述など山ほどあります。ですので、本記事はパーリーメイのほかの記事同様、エッセイ的な読み物としてお楽しみいただけたら幸いです。

2019年4月:テレビ中継も。出航のセレモニーと家族の見送り

いよいよ出航当日の4月10日は、妹が両親の見送りに横浜港まで出向き、LINEで実況中継をしてくれました。両親はすでに船上で、妹は大勢のほかの見送り家族や旅行会社社員、はたまたテレビ中継のカメラマンなどに混じり、出航セレモニー待ちをしていました。

このときの妹の発言「見送る側と見送られる側の温度差がすごい」。とは??

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