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プラプラ堂店主のひとりごと⑦

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜


カメのはなし

 ガラスのピッチャーを見つけた時に、棚の奥からいろいろと懐かしいものが出てきた。このカメもそのひとつだ。茶色いあめ釉の蓋付き常滑焼。よく梅干しが入っていたっけ。さっそく洗って乾かした。
「あ~久しぶりにさっぱりしたわ」
「ずいぶん長く使ってなかったよね」
「ええ、本当ね。もうお休みは十分!さ、使ってくださいな」
「今、ぼく、ひとりなんだ。梅干しもそんなに買わないしなぁ」
「梅干しよりもね、私はぬかどこを作って欲しいの。とびっきり美味しいぬか漬けにするわよ」
「母さん、ぬかどこなんてやってたかなぁ?」
「いえ、あなたのおばあさんですよ。なつかしいわぁ。長いことぬかどこを大事に育てていたんですよ」
「へえ、知らなかった!」
「ぬかどこは、いいわよ。野菜が入ると、菌たちが喜んで美味しくするの。私もそれがうれしくてねぇ」
「ぬかどこって、毎日混ぜるんでしょ?ぼくには無理だよ」

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 そんなわけで、このカメを店に置くことにした。カメの希望は、とにかくぬかどこに使ってほしいそうだ。でも、今どきぬか漬けを作る人がいるかなぁ。ぼくは、ちょっと心配だった。カメはぬかどこ用に使ってくれる人が見るかることを信じて疑わない様子。(私はここよ!)オーラを出して、どっしりと鎮座している。
 ところで最近、ぼくは以前より道具たちを手に取っておしゃべりしないようになった。それはつまらないとか、話したくないとかではない。道具たちに囲まれているだけで、なんだか落ち着くからだ。古い道具たちが、大切にされていたのが、そこにあるだけで伝わるというか。リラックスできるのは、そのせいかもしれない。いつもどこか不安だったぼくが、ただ、ここにいていいんだと感じられる。店にいるだけで、そんな安心感があるんだ。これは…そうだ。こどもの頃、秘密の場所で感じていたのに似ていると思った。

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 小学生の時、ぼくは北広島という札幌の隣町に住んでいた。家の裏には、小さな山があった。ドラえもんに出てくる、学校の裏山みたいな大きさだ。ぼくは、よく一人でその山に登った。登ると言ってもこどもの足で10分くらい。うす暗い林の手前の丘が、ぼくの秘密の場所。ほんの少し登っただけなのに、そこからみると家々はもう小さく見える。
 父と母がケンカをしている時。学校で嫌なことがあった時。ぼくは、この山に登った。長いことそこに座って、遠くの家々を眺めていた。ぼくだけの秘密の場所。たったひとりの静かな静かな時間。そこでは木も草も虫も空も、いつだってぼくを受け入れてくれた。あの時の静かな安心感だ。

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 数日後、近所のおばあさんが店を覗いて、カメを買ってくれた。手にして開口一番、
「あれまあ、ぬかどこにぴったりだわぁ」
と、言った。
 その時のカメのうれしそうな顔ときたら!いや、もちろん、顔なんて見えない。でも、胸いっぱいの喜びが、つやりと光った陶器の表面から伝わってきた。ぼくもうれしかった。
「ぬか漬けを作るんですね」
「ええ。でも、もうずいぶん昔にやめちゃっててね。使ってたカメが割れちゃったのよ。なかなかこういうカメがなかったからそのままやめちゃってねぇ。このカメ、昔使っていたのとそっくりよ」
「良かったです。ぼくの祖母がぬか漬け用に使っていたカメなんです」
「まあ、そうだったの。じゃあ、美味しいぬか漬けができたら持ってきてあげるわ。ご近所だから」
「ほんとですか?うれしいです」
 はたして、このおばあさんは本当にぬか漬けを持ってきてくれた。きゅうりと大根とにんじんのぬか漬け。美味しかった。
(とびっきり美味しくするわよ)
カメが言ってた言葉を思い出して、ぼくはニヤリとした。
それにしても。本当にぬか漬けを作りたい人に買ってもらえるなんて。想いは伝わるんだな。もしかしたら、祖母や母の想いも繋げてくれたのかもしれない。ぼくは誇らしげに仕事をしているであろうカメに、心の中でお礼を言った。

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