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プラプラ堂店主のひとりごと⑯

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

ファイヤーキングの皿

 好きな和菓子店が閉まっていた。張り紙には「移転します」の文字が。結構な古い店で、店舗のオレンジ色の庇は破れているし、壁は蔦で覆われていて、一瞬廃墟かと思うくらい。店の中もそっけなくて、菓子用のガラスケースにおはぎやどら焼きが雑然と置いてある感じ。でも、ここのどら焼きが美味しいんだ。大きさも小さめでちょうどいい。そして、お店の店員さんもいい。余計なことは喋らないけど、いつもニコニコしてて。おおらかであったかい感じ。時々、コーヒーのお供に買いに来ていたのに。夏の暑い中、ぼくはしばらく店の前でボー然としていた。

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 移転先はすぐ近くだから、また買いに行けるとは思う。でも。店が新しくなれば、きっと変わってしまうだろうな。オシャレな店になるか、モダンな店になって。きっと味も変わってしまうんだ。ぼくはすっかり落胆した。

 そして、秋になった。ふと、移転先の和菓子店に行ってみた。がっかりするくらいなら行かないでおこうかと思っていた。でも、やっぱり。どうなったのか、知りたい。

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 果たして、店はきれいになっていた。でも、店舗が新しいだけで、オレンジ色のビニールの庇とガラス戸の入り口も同じ作り。ちっとも色気がなかった。中を覗いみる。あの古い菓子用のガラスケースも同じだ。真新しい店舗に、それはぽんと置いてあり、不思議な違和感があった。煎餅などの袋菓子も今までと同じく、床にダンボールのまま置いてあった。どんな事情で移転したのかわからないけど、せっかく新しくしたのに、これって…。なんだか、笑ってしまった。入ってどら焼きを買う。お店の人もいつも通りだった。

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 自分の店に戻り、いそいそとコーヒーを入れる。おやつ用のいつも皿に、どら焼きをのせた。アメリカのビンテージ食器、ファイヤーキングの翡翠色の皿。何枚か入荷したうちの一枚がぼくの皿になった。意外にも何にでも合うと思う。最初のうちは、和菓子をのせたらブーブー文句を言ってきた。ボリュームがどうとか、お高くとまって気に入らんとか。でも、ここのどら焼きは別だった。チェリーパイやら焼きりんごと同等らしい。いわゆる、母ちゃんの味。久しぶりのどら焼き、どうかな。

「あ、いつものどら焼き。うん。これ、いいよね。お母ちゃんの味」

よし!

お前もそう思うか。ぼくは安心して、どら焼きにかぶりついた。

ありがとうございます。うれしいです。 楽しい気持ちになることに使わせていただきます。 また元気にお話を書いたり、絵を描いたりします!