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梅田ダンジョンでサボった日

自分はかつて会社の営業を担当しており、伝説的な成績の悪さによって部署を盥回しにされていたことは、以前にも何度か書きました。

研修先の、当時は奈良の某所にあった某企業のとても豪華なホテル(その後、その某企業の経営は破綻したので、今は取り壊されているかもしれない……)で、絶対に仲良くなれねえと思っていたヤンキーのルームメイトと『北斗の拳』の実写版を深夜に視て笑い転げたことで打ち解けたのは良い思い出。

滋賀の雄琴を回っているときに、偶然にも大人の男性のためのホテルが建ち並ぶ一角を見つけて、仕事中に一発ナニかを抜いてもらおうか……、いやいや、さすがに仕事中にナニを抜くのはいかんだろう……、と逡巡したのもまあ、良い思い出。

しかし、それはもう10年も経っているので記憶が美化され、それなりに愉快なこともあったなあと補正されているだけでして、まあ基本的には、その会社での仕事は、キツくてキツくて、もう二度とやりたくない。二度とやりたくない。

強調したいのでわざわざ二度くりかえすくらいに二度とやりたくない。合計で四度もくりかえしてしまった。

その中でも群を抜いてイヤだった仕事は、大阪の梅田のオフィスにいた頃によくやっていた「取り直し」と呼ばれるもので、社員がお客様と契約した書類に不備があった場合は、再び客先へと出向いて、書類を書き直してもらうのです。

お客様にとっては、いったん書いて提出したものを、わざわざ時間を割いてまた書かされるわけで、めんどくさいことこの上なく、法人のお客様の場合は業務に充てるべき時間を、一般のお客様の場合はプライベートの時間を削ってもらわなければならない。

それでも優しく迎えてくれる温厚な方も中にはいらっしゃいますが、基本的には大抵のお客様は不機嫌です。

まあ、一度で済むことを二度やらされているわけだし、最初に来た社員が書類の確認を怠ったのが原因なので、完全にこちらの不手際ですからね。

OA機器、あるいは法人用の携帯電話や固定電話の契約で、商材によって書類の内容は異なるのですが、3つ以上の記載ミスがあったらアウトで、管理課の人から、これは受け付けられないから書類を貰い直してこい、という指示がくだされます。

この管理課の課長はもちろんお偉い方なのですが、その下で働いているのはほとんどがパートのおば……おねえさんたちです。

このおねえさんたちがまた、態度がクッソ悪い。というか、日常的に新人いびりをしている雰囲気で、ドアをノックする音が大きすぎるだの小さすぎるだの、よくわからんイチャモンをつけてくる。

そのイチャモンを躱しつつ、会社のビルを出て、当時はJR大阪駅の桜橋口の近くにあった郵便局のほうへと向かい、喫煙所でヤンキー座りをして、まずは一服。

会社のビルにも喫煙所はあるし、外勤の前にちょっとタバコを吸うくらいなら咎められませんが、とにかく少しでも早く会社から抜け出したかったのです。

そして電車に乗ります。大阪駅は市内を1周する大阪環状線のほか、御堂筋線、谷町線、四ツ橋線の3つの地下鉄の路線が繋がっており、いわゆる梅田ダンジョンと呼ばれる複雑怪奇な地下通路を伝っていくのですが、行かされる客先は、大抵の場合は、大阪環状線の沿線にあるところ。

まあ、営業で回っているエリア自体が梅田からそう遠くないところだったし、そもそも大阪の会社のオフィスは中之島とか堂島とかの北側に集中しているので、必然的に、大阪の隣駅である福島駅から徒歩で行ける圏内のところにあり、小一時間もあれば会社に戻ってこれる距離である。

ということはつまり、あんまりダラダラやっていると、すぐにバレてしまうということです。

地下鉄を使う場合は、梅田ダンジョンの移動でそれなりに時間がかかるので、書類を取ってきた帰りに多少ブラブラしていてもバレない(たぶん)。

なので、地下鉄のコースを望んでいたのですが、なかなか当たることがない。ちくしょう。などと、邪なことを考えていたある日のこと、地下鉄……、というか、梅田ダンジョンのコースを提示されました。

会社の備品をすべて買ってこい、というお命じが、上司から出たのです。

紙いっぱいに印刷された、コピー用紙やらインクカートリッジやらタオルやらムースやら豚骨のカップラーメンやらピアニッシモルーシアメンソールやらの小物がずらり。

これらをそのあたりのテキトーなところで買って、領収書をもらってこい、と。カップラーメンとかタバコとかは完全に私物ですが、要するにおつかいです。

まあ、はっきりいっちゃえば、営業の奴がこのようなおつかいを任されるということは、営業マンの駒としてはもう認められていないということで、本来ならそこで「見返してやる」と自らを鼓舞するべきだったのでしょうが、いかんせん子供だったもので、楽な仕事を持たされてラッキー、くらいにしか思っておらず、さっそく梅田ダンジョンからつながる阪急三番街をうろつく始末。

三番街の地下には人工の川が敷かれており、その川沿いに当時あった「L'Arc-en-Ciel」という名前のカフェの看板を眺めながらぼんやり。

某有名ロックバンドと同じスペルですが、同バンドのファンの間で有名だったところで、同バンドのライブコンサートが大阪で行われる日などは大盛況でした。

三番街にあるのが惜しい。四番街だったら『the Fourth Avenue Cafe』だったのに……と多くのラルクファンが思っていたはず。

ちなみにスペルは同じですが、この店の読みは「ラルクアンシエル」ではなく「アークェンシェル」です。

どうせ期待などされていないのだから、もういっそのこと、ここに入って本格的にサボってやろうか……などとも思いましたが、中途半端に残っている理性がそれを止め、おとなしく地上のコンビニに戻り、おつかいという大切な仕事をするのでした。

よく考えたら、領収書には購入した時間が記載されるので、サボっていたらすぐにバレるのですよね。いつもの取り直しよりも確実にバレやすい。

今は梅田ダンジョンに仕事で行くことはほとんどなくなりましたが、平日の昼間にひとりで梅田ダンジョンをぶらついているサラリーマンを見ると、なんだか見守りたい気分になります。

三番街の通り一面に飾られている三井淳平さんによるレゴブロックの作品を、しばらくボーッと見ることも時には必要なはずです。

あのレゴ作品は梅田駅の改札口からホームにかけての人集りを再現したものが秀逸なのですが、1960年代のヒッピーにしか見えない謎のふたり組が味を出していて好きです。

営業に疲れた梅田近辺のサラリーマンの皆さまは、気分転換にでも、ぜひ探してみてください。

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