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消えた見込み客

テレアポの仕事をしていた話を以前に少し書きましたが、そこで自分は伝説的な営業成績の悪さを見せつけ、めでたく別の部署へと異動となりました。

新しい部署はテレアポではなく、訪問営業でした。

訪問営業というのは、街じゅうの家のインターフォンをひたすら押して、セールスの話を聞いてもらい、契約へと結びつける仕事です。いわゆる、飛び込み営業というやつですね。

世の奥様が家でのんびり寝転んで雪の宿を食べながら韓流ドラマを楽しんでいるところに、唐突にピンポンを鳴らしてきて英会話教材とか浄水器とかを売りつけてくる、あの迷惑なやつ。

例のアレが蔓延してからか、それともその少し前にはほぼ消滅していたのかわかりませんが、ここ最近はほとんど見ませんが、かつてはスーツを着たサラリーマンが、説明書や契約書が敷き詰められたカバンを片手に、住宅地の家のピンポンを押しまくる風景は各所で見られました。

これがまあ、怒られるし、嫌がられるし、疎まれるし、蔑まれるし、転職を勧められるし、新興宗教に勧誘されるし、ご老人の80年ぶんに亘る身の上話を聞かされるという、たいへんな仕事でした。

それでも契約はテレアポ時代と比べるとそれなりに取れていたので、意外と全く適性がなかったわけでもないのかも。自分に向いていたとは到底おもわないけど。

その時に営業していたのは光ファイバー回線で、まだADSLのままの家庭に、光回線に換えませんか?と提案する内容。

当時、テレビCMでも光回線をガンガン推していたし、主な訪問先だった滋賀県の大津市内は、電器店も少なく、光回線に換えたいけど面倒でやっていない、あるいはインターネットの申し込み方がよくわからないという人もいました。

かなり営業しやすかった商材です。

少なくとも8円ケータイに比べれば……。

あと、もはや誰が得するのかさっぱりわからん固定電話回線もあったのですが、それは何をどう書いても某大手電気通信企業をディスることになるので書けません。

今はちゃんとされていると思いますが、その頃は0円でWalk This Wayして総務省に叱られたちょっと後ぐらいだったので、まあなんというか。という昔の愚痴は置いておいて、光回線はN○Tのものを売っていました。同じ会社内でライバル企業のものを商品にするガバガバさよ……やべえ……また愚痴が出てきそう……。

閑話休題。滋賀県のハイツに飛び込みまくり、光回線を勧めるのです。主なターゲットはひとり暮らしの大学生。大津市内には龍谷大学や同志社大学のキャンパスがあり、成安造形大学や滋賀医科大学もあります。

時代的にパソコンの普及率がかなり高かったので、多くの学生は自前のパソコンを持っていました。卒業論文の作成の際に必要なんですよね。

だから、ちょうどまさに光回線を申し込もうと考えていたところです、というベストタイミングの人にバッティングすることもありました。

というか、本当に営業力のある企業戦士なら、なかなか首を縦に振らない頑固爺やであろうと、話を聞いているんだかいないんだかわからない不思議ちゃん学生であろうと契約を取れるのでしょうが(まあそういうので取れた契約の多くはクレームになりやすいけど)、コミュ力が低い自分はそういうラッキーチャンスを狙うしかありません。数打ちゃ当たる戦法です。

それを繰り返しているうちに、あらかじめ会社から指定された区域よりも向こうまで勝手に行ってしまい、堅田かたたというところまで辿り着きました。ここは大津市内の中でも栄えているところで、商業施設や飲食店が充実し、人口も多い。とにかく訪問しまくればイケる。

結果的にこの読みは当たっていて、ラッキーチャンスにいくつか遭遇しました。そのうち、とある男子大学生に契約の見込みを付けました。

見込みというのは、今すぐには契約できないけど考えておく、ということです。半分くらいは、「行けたら行く」的な社交辞令だったりしますが、慣れてくると相手がどれくらいの温度で返答しているのかなんとなくわかります。

その大学生の見込みの温度はかなり高め。なんたって、目の前で親に相談の電話を入れてくれたのです。すでにパソコンは持っていてADSLは導入しているので切り換えるだけ。あいにく親に電話が繋がらず、後日に改めてという感じになったのでした。

ほとんど契約は取れたも同然と、約束の日に自転車を漕いで彼の住む堅田のハイツへと向かったら、パトカーが3台ならんで停まっていて、もはや封鎖状態。とても気軽に訪問できそうな状況ではなく、夜になって落ち着いたらまた伺おうとその時は思って、とりあえず保留。

しかし、夜になってもその封鎖状態は終わることなく、20時になっても入れなさそうなので断念。いちおう法律上は21時が訪問販売のタイムリミットですが、一般的に晩御飯を過ぎてからの訪問はとてつもなく嫌がられるのと、会社に戻って集計作業をしなければならないという理由がありました。

翌日にまたハイツを訪れると、さすがにパトカーとお巡りさんは消えていましたが、消えたのはそれだけではなく、ハイツ内までもがもぬけの殻。

ドアと窓が開け放たれ、外から部屋の中身が丸見え。まだ家具は置いてあるみたいですが、人が住んでいる空気がまるでなし。そして、ハイツの周囲にはきっちりとロープが貼られ、部外者立ち入り禁止の表示が。

いちおう、手元のガラケーで滋賀県のニュースを調べてみたのですが、情報は特に見つからず。いったい、あの日にあそこで何があったのか。あの大学生はどこに行ったのか。まるっきり謎なまま。

その顛末をありのまま上司に話したところ、そんなことはどうでもいいから数字を取れと言われました。営業マンとはそういう職業です。


サウナはたのしい。