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7月28日のあの場面と、残心の精神

ご存じのとおり、先日からパリでオリンピックが開催されており、中でも女子柔道について、物議が醸されているようです。

自分はオリンピックやワールドカップの際に必ず謳われる「ガンバレ・ニッポン」というフレーズが生理的に受け付けないのですが、それはそれとして、世界の数多くの国が一堂に会するビッグイベントという意味では素晴らしいと思うし、各国を代表して各スポーツのエリート選手たちがオリンピックという大舞台を魅せてくださっていることに関しては、素直に敬意を抱きます。

サッカーのリフティングの最高記録3回、バドミントンを始める前にまず空中に浮かぶ羽根を飛ばすということができない、ドリブルってなにそれおいしい?な自分としては、まともにスポーツができるというだけですでに尊敬せざるを得ないので、さらに日本代表の方々ともなると、もはや全員がゼウス様のような存在です。

そのゼウスたる選手たちが集った、去るは7月28日の夜のこと。女子柔道でウズベキスタンのディヨラ・ケルディヨロワ選手に、まさかの逆転敗けをしてしまった日本代表の阿部詩選手が、試合後の数分間にわたって大号泣。

大切な試合で敗北した選手が悔し涙を流す、というのは、スポーツ中継でたまに見る光景ですが、阿部選手のそれは、もはや号泣というか慟哭でした。スポーツ選手がここまで激しく長く泣き喚いている姿というのは、今までに視たことがない。

実はこの一部始終を、自分はたまたま銭湯のサウナのテレビで視ていたのですが、その時にサウナ内にいた全員が、画面に釘付けになっていました。一度サウナを出たのに、わざわざ戻って続きを確認しにくる人までいた。

銭湯なので、背中に立派な彫り物をなされた方もいらっしゃるし、津々浦々のサウナを巡っているのであろうマイハット持参の兄貴、大学が近くにあるのでおそらくそこの学生と思われる2人、たぶん近所に住んでいるであろうおっちゃん、そして私が居合わせたのですが、名前も素性も知らん他人が何人もフル○ンで「何が起こったんだ……?」という顔をしていたあの数分間は、ある意味で日本人の気持ちが一丸となった瞬間であったといえる。

はっきりいって、あの中の全員が真剣に日本を応援していたかというと、おそらくそうではない。というか、かくいう私がそうで、たまたまここで試合を視聴することがなければ、この日にオリンピックで柔道が行われていることも知りませんでしたし、あの場面が記憶に残ることもなかったでしょう。

武道を志す者が、ああいった公の場所で周囲を憚らずに泣き崩れるのはどうか、ということが、リアルタイムでのSNSや、ワイドショーに出演した著名人などに指摘され、阿部選手ご本人も、後日に「情けない姿を見せてしまい申し訳ありませんでした」と謝罪されたとのこと。

小学校の子供会の剣道を見学しただけで自分にはきっと向いていないと悟り、それは間違いではなかったと高校の体育の剣道の授業で確信した自分には、武道の心などは1ミリもわかりません。

武道の世界は真剣勝負であるからして、悔し涙は裏で流すべきもの、という趣旨の意見がSNSでは多いようですが、それが正しいのか間違っているのかの判断もできかねます。

プログラムの遅延も発生していたらしく、いわゆる放送事故のようなものではありました。

ただ、全くオリンピックにも柔道にも興味のなかった自分が、あの日のあの場面に何かしら心を奪われたのは事実です。

別にファンでもないし、そもそも冒頭に書いたように「ガンバレ・ニッポン」というフレーズが受け付けないのですが、現地のパリの方々によって突発的に「UTA」コールが始まり、敗退した選手を讃えるという異例の出来事が起きたのは、ひとつの思い出として刻まれました。

まあ未来のことはわからないので、もしかしたら数ヶ月後には忘れている思い出かもしれませんが、オリンピックというか、スポーツってちょっと悪くないかもしれない、と感じさせてくれたという意味では、自分にとっては名場面でした。

1ミリもわからないことは少しでもいいからググって調べるというのは現代インターネット人のエチケットですが、少しググってみたところ、武道には「残心」という言葉があるようです。

たとえ明らかに自身に優勢な試合であっても、決して油断することなかれ、つまり、相手をナメるな、ということのようです(※本当に少しググっただけで書いているので、解釈が間違っていたらごめんなさい……)。

よくオリンピックで勝者がガッツポーズを決めていることがありますが、あれも残心の精神に反する行為だと考える向きもあるそうです。

その意味でいえば、あそこで大喜びすることもできたにもかかわらず、号泣する阿部さんを静かに見守っていた、相手のケルディヨロワ選手は、残心の精神に則っていたといえると思います。

ただ、かといって、ケルディヨロワ選手側のコーチはガッツポーズを決めていたことがいけなかったのかというと、それもまた違うのですが……。

なにはともあれ、お疲れ様でした。

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