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【#20】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【本編連載】#20

視点:ヤマバ・ムラ  31歳
『3223年 地球にて回想』

 βチルドレンにいたとき。友達はいなかったが1人だけ、妹のような存在がいた。
 かわいいマリー。初めて会ったのは俺が10歳。マリーが2歳のころだったかな?
 マリーも両親のデータがなかった。人見知りで、でも俺だけに何故か懐いていた。

 マリーは「ヤマバ、ヤマバ」と俺の後をついてまわった。俺もマリーを抱っこして、頭をなでて、一緒に本を読んで一緒に絵を描いた。

「ヤマバ、明日は一緒にお散歩して。約束ね」
「ヤマバ、あとで絵本を読んで。約束ね」

 マリーの口癖は「約束ね」だった。金色の瞳をキラキラ輝かせながら「約束ね」と、にっこり笑った。

 マリーはマリーゴールドを好んだ。先生に教えてもらったらしい。

「あのね、これマリーの花なの。金色のマリー、わたしのことなんだって。暖かい時はいつも咲いてる花なんだって。いつだって見ることができるんだって」
 マリーは肩までの金色の髪をさらさらと風に揺らし、嬉しそうにそう言った。
 マリーは黄色のマリーゴールドを特に好んでいるようだった。
あの庭で2人で過ごした時間は、本当に特別な時間だった。

 ある日マリーがこう言った。
「ねえ、あそこに太陽があるでしょ」

「そうだな」

「太陽がおっきくなって、マリーたちを殺しちゃうの?」

「どうした急に?」

「昨日授業で習ったの、太陽がおっきくなっちゃったら、みんな死んでしまうって」

「そうか」

「でも、誰か頭のいい人が、なんかして、助けてくれるかもしれないんだって」

「うん」

「ヤマバ、頭がいいからマリーを助けてくれるよね」

「そうだなぁ」

「もう、ちゃんと聞いてよ。マリーとみんなを助けてね。約束ね」

「わかったわかった」

 俺がそう言うと、マリーはタンポポの綿毛みたいな、フワフワな笑みを俺に向けた。

 マリーと過ごし4年がたった冬の頃から、マリーは俺に会いに来なくなった。大人たちに聞いたけど、誰もその理由を教えてくれなかった。
 嫌な予感がした。
 そして、次にマリーに会うことになったとき(マリーがずっと俺の話をしていたから、会うことは特別だったらしいが)小さなマリーは箱の中に、静かに眠っていた。
 マリーの周りにはマリーゴールドが敷き詰められていた。オレンジのマリーゴールドだ。マリーはオレンジ色のマリーゴールドに抱かれたまま、眠り続けていた。
 どういうことなのか。どういう仕掛けなのか。俺には意味が分からなかった。それでも、その意味を理解するしかなかった。
 まだ6歳になったばかりのマリー、きれいな金色の髪にそっと触れる。マリーの柔らかく温かい頬が、冷たくカサカサしている。俺が触れても、そのキラキラした金色の瞳が開くことはなかった。
 意味を理解するしかなかった。俺は手短にマリーとの別れを告げさせられた。
 医者は「マリーが、君と出会いそして短い人生に別れを告げたのは、そういう運命だったんだよ」と、そう言いった。そして俺がマリーにあげた、AI付きのぬいぐるみドールを俺に渡した。


 その後、俺はβチルドレンに戻っても、誰とも口を利かずに過ごした。
 そして自分の中で繰り返し問うた。
『運命とは何だ』
『死の運命とはなんだ』
 俺たち人類に突き付けられている死の運命、太陽膨張。既に受け入れている大人たちもいる。
「運命なのよ。いずれ死ぬ運命なのよ」
 棺桶の前で、チルドレンの先生は、うつろな目でそう呟いていた。

『だめだ!』
『死なせてはだめだ!』
『何故死なせた!』
『何故マリーを失わなければならなかったんだ!』
あきらめだ、世の中にあきらめがあるからダメなんだ。
『運命を変える!』
『運命を変え、世界を救う!』
『誰もやらないなら俺がやってやる!』
俺の中にその決意が生まれた。

 俺は14歳。
 マリーは6歳。
 マリーは永遠に6歳のままだ。

 βを首席で卒業するころに気が付いた。
「俺に発明は不可能だ」
 あれは天から与えられた才を持つ者のわざであり、そういう人種のものだ。
 自分でも自負できるぐらい学問は修めたし、こと機械の構造に関しては十分に自信があった。
 しかし、発見・発明は別の次元のものだ。高みに来たからこそわかることもある。
 それでも俺は『運命を変え、世界を救う』と決めていた。

 ある日、マリーから貰った、形見のAI付きぬいぐるみドール『マリーン』(俺が名付けた、マリーは『ネコちゃん』って呼んでたっけ)が、俺にこう告げた。
「天才は理論の発見をできるけど、それを具現化する人が必要です。ヤマバ、あなたは具現者になればいいのです」

「マリーン。……なるほど、そうか。それが俺の役割か……」

『ヤマバ、運命を変えて世界を救って。たくさんの命を救って。生まれてくる子供たちに未来を作って……約束ね』マリーの声が聞こえた気がした。


 その後、俺は世界トップの機械総合メーカー『リコウ』に入り、宇宙開発部門を志望して、世界中のブレーンとのパイプを作った。

「ヤマバ、ヤマバ!」

「……マリー?」

「到着しました」
マリーンだ。マリーンの優しい声がする。そうか、自動運転中だったな。

「マリーを思い出していたのですね」

「ああ」

「マリーはいつもあなたのことばかり話していました。あの日も『ヤマバが太陽からわたしを助けてくれるの……』って、弱々しくそれでも嬉しそうに言っていました」

「ああ、その時がついに近づいているんだと思うよ」

「ヤマバ、あなたも救われるのですね」

「世界を救うことができたら、自分の中で決着をつけることができると思うんだ。あの何もできずに、ただ受け入れるしかなかった弱かった自分に」

「マリーは言っていました、『太陽から逃げて、あなたとずっといっしょにいるの』って」

「ああ」

「マリーも連れて行ってあげたかったですね」

「代わりに君を連れていくよ」

「そうね、マリーの形見ですからね」

「明日からいそがしくなるなあ」

「そうです。体は大切にしてください。マリーからヤマバのことおねがいって言われているのですから」

「え?」

「言ってなかったですか。マリーはその最後のころ。『あなたのことおねがい』って私に告げて、医者に私をヤマバに渡すように伝えました。『わたしがいないとヤマバ泣いちゃうし、話し相手もいなくなっちゃうし』と」

「……知らなかったな……」

「ちょっと、泣かないでください」

 酔いのせいだ。
 俺は、しばらくマリーンの中で泣いた。
 思い出の中のマリーは優しく微笑んでいた。

#21 👇

6月12日17:00投稿

βチルドレン主席終了。世界企業リコウ社から来た、現場引き抜きの研究員
βチルドレンで、ヤマバと共に過ごす。6歳で永眠。

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)


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