30目前にPTになるために働きながら受験し、合格するまでの話
ずいぶん間が空いてしまいましたが、いよいよお受験のお話です。
ー受験ー
当時、約6年間営業職をやっていた私は、その間に受験したといえばTOEIC程度。
それは会社に受けさせられていただけなので、自分の人生に関わるような受験は、大学受験以来でした。
以前書きましたが、受験する養成校は諸条件を鑑みて、2校。
最も学費が安く、歴史もある本命のA校。
歴史は全く無い新設校だけど、学費だけは2番目に安かった滑り止めのB校。
これがまたうまいこと出来ていて、本命のA校の試験はB校より後で。
B校の入学金支払いの〆切がA校の合格発表より早かったんです。
これで後で悩むことになります。
滑り止め、B校の受験
まず、初戦はB校です。
これから出費がかさみ、しばらく収入が期待できなくなることが想定できていたので、もろもろ節約していかなければなりません。
ちなみに、転職を決意したタイミングで禁煙もしていました。
(その後ちょいちょい吸うことになりますが・・・・)
ビールも発泡酒から第3のビールに変更しました。
(禁酒は無理でした・・・・)
完全にボウズ頭にしまして、自分で散髪するようになりました。
(美容院にはこの時から行ってません)
話を戻します。
とにかく、お金は大事にしなければいけない、ということで、この時は今で言う民泊みたいな、ゲストハウスみたいなところに格安で泊まりました。
金曜の仕事後に新幹線で名古屋→東京。
深夜になんとか民家のような宿を探し当て、6畳くらいの和室にエアコンと布団と小机だけがあるような部屋で、一人コンビニ弁当を食べて寝た記憶があります。
お風呂、どうしたんだったかなぁ?
覚えてませんが、シャワー程度は共同で使えるものがあったのかもしれません。
とにかく、部屋はエアコン、布団、小机のみ。
あまりに質素で逆に面白かったので、写真を撮って妻に送ったのを覚えています。
消しちゃったなあ、あの写真・・・・
次の朝も買っておいたコンビニおにぎりを食べて、会場に向かいました。
試験については、特に問題なく終わったと思います。
なんせ、記憶がないのです。
B校の試験当日について覚えているのは、学校の近くにラーメン屋があって、すごく食べたかったけど節約のために我慢した、ということくらい。
食い意地張りすぎですね・・・・
とにかく、あまり覚えていないということは、特に問題もなく、無難に終わったということなのだろうと思います。
正直、ここは全然普通に受かるものと思っていたというのもありますね、たぶん・・・・
まあ、そんな感じでした。
本命、A校の受験
A校については、実は2回受験しています。
1回目は、社会人入試。
文字通り、対象を社会人に限定した入試で、大卒者も対象になります。
当初から、自分の一番の狙いはこの試験でした。
合間を縫いながら勉強していたとは言え、所詮は付け焼刃。
仕事をしつつ、受験しようとしていることは職場に隠しつつ、ある程度は家のこともしつつでは、ある程度時間が限られるのは仕方のないことで。
現役の学生で、時間もたっぷり使って準備出来る子たちと同じ土俵で戦うのは、正直不利だと思っていました。
たしか、試験内容は小論文と面接、のみ。
そして相手は、社会人と、大学生。
大学生はいるけど、この試験内容なら、そう差はつかないはず。
これなら戦えるんじゃないか、と思いました。
ただ、合格できる人数は、ごくわずかの狭き門。
自分は妻との約束で3年で卒業しなければならなかったので、1クラスしかない昼間部の一択であり、本当にごく数名(2~3人だったかなぁ?)の枠でした。
今回も金曜仕事後に新幹線で名古屋→東京で、この時は格安のビジネスホテルをとりました。
食事は当然、コンビニでしたね。
小論文の内容はもう覚えていません。
ただ、面接は、すごくよく覚えています。
志望動機等の型通りの話は当然として。
学費の話、その捻出について、今後の生活の想定、といった、かなり現実的な話もしました。
志望動機は予備校で何回か練習していましたが、それ以外については準備していない内容も多かったように思います。
しかし、営業職の経験が活きました。
相手は、こっちの話を聞こうとしてくれている人が相手なわけです。
営業であれば、こんなに楽チンなことはありません。
相手に聞く気がないというのは、商談ではそう珍しいことはありませんし、威圧的だったり、言葉尻を捉えて揚げ足をとってくるようなこともザラです。
そういう経験をしていると、こちらに関心を持って色々と質問をしてもらえる「面接」という状況は、非常に話をしやすいものでした。
おかげで、慌てることなく、落ち着いて話すことができました。
笑顔も自然にできていたように思います。
面接の出来としては悪くない、と、手応えを感じて帰りました。
が。
ダメでした。
これは後からわかったことなんですが、この社会人入試で合格したのは、某国立大学で体育系の勉強をして論文を書いていたり、既にATとして働いていたりするような人でした。
そりゃ敵わねーわ!!!!!
年齢も、経験も、知識も、ぜーーーーーんぶ圧倒的に違うもん!
こちとらもうすぐ30歳、私立大学の日本史専攻、某食品メーカーで営業職を6年。
これ、比較にならないっすよね・・・・
もしこれを読んでいる社会人の方で、社会人入試を狙っている方がいらっしゃいましたら、この辺は要注意です。
自分が何か明確に武器になるものがあるなら、それで戦えばいいと思うのですが。
自分のように特に何もない、という方は、越えようにも越えられない壁があるかもしれないことは、覚悟しておいた方がいいかと思います。
合格者の人数的にも、無難に、ある程度の手応えがあっただけでは、おそらく比較対象にもなれません。
圧倒的に何かが突き抜けていないと、戦えないことは知っておきましょう。
そして、一般入試を受けたわけです。
これが最後の試験。
筆記やって、面接。
不思議なんですが、どの試験についても筆記の記憶ってほとんど無いんですよね。
面接はよく覚えていますが。
この時の面接も、割と気持ちよくやれました。
で、帰りに、どうしても自分にご褒美をあげたくなって。
タバコとライターを、途中のコンビニで買いました。
ずっと、禁煙してて。
「今日だけ」と思って、深~く、吸って、吐いたら。
「あれ・・・・?」
すんごいクラクラしたんですよね。
足元が覚束なくなるくらい。
通りかかった人に、怪訝な表情で見られるくらい。
ちょっと腰を下ろしてじっとしてないといけないくらい、頭がクラクラふわふわしちゃいました。
おそらく、かなり疲れていたんだと思います。
結果はわからないながらやらなきゃいけないことはやり終えて、気が緩んだんだと思います。
落ち着くのを待って、新幹線でその日のうちに名古屋に戻りました。
ー合格発表ー
B校については、そもそも受かると思っていたものが受かっただけなのですが。
自分でも驚くくらい、ホッとしました。
少なくともPTになるための一歩を踏み出せることは、確定したという意味がありました。
その意味で、非常に大きな合格でした。
ただ。
入学金の支払いの〆切が、A校の合格発表より早かったんですよね・・・・
正確な金額は忘れましたが、数十万。
先にも書きましたが、これからお金がかかるということを想定して、自分なりに出来る範囲で切り詰めた生活をしていました。
そして正直、A校の一般入試は、たぶん受かると思っていました。
でも。
もし。
万が一。
入学金を払わずにこの合格が取り消しになって。
A校に落ちていたら。
そのあと、自分は・・・・・やっていけるのか?
だいぶ悩みました。
妻からは「任せる」と。
悩みに悩んで・・・・・
払いました。
金銭的には、ホントに痛い出費でした。
でも、万が一の可能性と自分の気力を併せて考えると、そうせざるを得ませんでした。
そして、A校の合格発表。
たしか昼過ぎくらいにネットで発表されたんですよね。
自分は当然仕事中で、担当していた岐阜のお客さんの駐車場に営業車を停め、車内で発表時間を待ちました。
「うおーーーー!!!!!!!」
いやー、声出ましたねー・・・・
合格!!!
営業車の中で1人でガッツポーズをとった記憶があります。
即効で妻にメール!!!
しばらく感じたことのなかった充実感と達成感、そして興奮がありました。
ーおわりにー
結果として、本命のA校に合格できたので、B校への入学金は無駄になりました。
今でももったいないことをしたなぁ、とは思うのですが、また同じ選択を迫られたら、同じ決断をするように思います。
自分はそういう人間なので、これは仕方のないことなのでしょう。
ちなみにもし同じ境遇になった方がいらっしゃったら、覚えていて欲しいことがあります。
「入学金を払った上で辞退する場合は、必ず先方の学校に連絡を入れましょう」
後から考えれば当たり前なのですが、自分はその後の手続きを放置すれば勝手に辞退扱いになるだろう、と放置してしまいまして・・・・
B校にはご迷惑をお掛けしてしましました。
あとから一筆書いて郵送する羽目になりました。
いい大人が、恥ずかしい限りです・・・・。
いずれにしろ、これでA校に入れることが決まり、つまりPTになるための一歩が踏み出せることが決まったわけです。
ここから、今度は会社に話をしたり、という段階に入るわけですが・・・・これはまた次回にします。
お付き合い、ありがとうございました!
少しでも臨床のヒントになる投稿をしていきたいと思っています。 サポートして頂けると非常に励みになります!