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『鉛の芯』 〜しがないテレビマンの独り言短編小説〜

臙脂色の六面が、ガラス机をカラカラと音を立てながら転がって、冷たい床に落ちた。軽い衝突音と共に、パラリ散らばる黒鉛。ハァと溜め息をつき、重い腰を曲げ拾い上げる。

なんで、こんな時代錯誤な、無駄が多いものを僕は使っているのだろう。書き消ししたいならシャーペンやフリクションでいいのに。

でもね、わざわざ鉛筆を使うのには理由があるのだよ。黒一色なのにもかかわらず、多彩でおおらかな表情を一文字一文字に描けること、何にも縛られず紙全面を使いたくなるような書き口の滑らかさ。

要するに、自由を獲得したかのような、使うだけで子供の頃の発想力を取り戻したかのような、あの感覚がこの臙脂の一面一面を握るたびに甦るのだ。

そんなことはどうでもいい。面倒な自由を得るため僕は、押し潰されて偏屈にひしゃげた顔の先端を、ハンドル式の削り器に差し込む。あぁっ。

がりじゃりがりじゃり。
がりじゃりがりじゃり。
じゃりじゃり、しゃりしゃりしゃり。

ふぅ。さっと臙脂棒を引き抜くと、MITSUBISHIの金色の刻印が、新しい俺様だぜ、と言わんばかりのドヤ顔でキラリと光る。そして筆先は、鋭利な刃物のように、少しザラついたニヒルな笑みを浮かべながら生びかりしている。

さぁ、新しいワタクシで描きなさいよ。貴方の夢を、貴方の脳みそを、貴方の爆発を!

疲れ切った躯幹と臓器、デブりきったセルライト溜まる節々、正月の開放感で遊びがききすぎて草臥れた思考回路。全てを解き放ち、紙面と相衝突し、己の魂モロ出しで炎の球をぶち当てる。

昨日何があった?何もない!実家でおせちを食べただけだ!昨年の振り返りは済んだか?もう年を越してしまった、やる気がない!何か内に秘めた強烈な想いや思想はないか?そんなもんあったら困ってない!!何にも出てこないぞ!出てこないぞ!

作家の苦悩とはこのことか。降りてこない限り、何かを記す資格すら、神は与えてくれぬのか。紙は与えてくれるのに。やかましいわっ。

匙を投げるように放り投げた削り立てのMITSUBISHIが、またコロコロとガラス机を転がる。そして、金色の刻印が、腐った僕の方を向き嘲笑う。また削るのね?それとも削られる方かい?つまらない男だね。

そうか。そうなのか。僕はこの鉛の芯のようなものだったのか。毎日擦り切れて擦り切れて、ひしゃげた顔をしながらも何とか字を書き続け、偶に転げ落ちて心が折れかけては削り直し、鉛のような重い心を持ちながらドヤ顔で再出発しては、また新しい壁に苛まれ摩耗する。

削った数だけ、どんどん自分自身が小さくなったような気がして、そんな自分をまた卑下して、どんどん自分らしさを失っていく。

これはこれは、つまらない男の出来上がりだね。
臙脂色の女はまだ嘲笑っている。

ちょっと待てよ。こんなのおかしい。お前に笑われる筋合いなんてないんだ。つまり、僕は根本的に間違っていたんだ。削ることで自分が小さくなって、弱き者の仲間入りをしたような感覚でいたけど、僕自身を閉じ込めていたのは、僕だったんだ。

削った分だけ本当は大きくなっているはずで、毎回新しく削り出した芯先は、図太く折れにくくなっているはずだ。僕は僕を削っているんじゃない。僕は僕の周りをペタペタと愚直に鉛で塗り固めているんだ。

間違っていることがあれば、そりゃ崩れてしまうさ。でもね、崩れても崩れても諦めずに塗り続けている。その時少し自分が削れているかもしれない。そんなの関係ないだろ?次々と出来上がる天にまで昇る芯を黙々と作り上げているのだから!

コロン。MITSUBISHIがまた輝く。分かったような口きいて、とつまらなそうにしている。一つ一つの決断が、自分の人生を豊かな方向へ導けますように。僕だけは、僕の決断を、許してあげられますように。

窶(やつ)れかけの、身体。
萎れかけの、真意(こころ)。

我慢の限界、訪れた時。

それでも譲れない、
判断の幹(みき)。

曲げる事のできない、
行動の、源よ。

描き出せ!
削り立ての、鉛の芯。

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この間考課面談で上司に「挑戦心と現実性のバランス感覚が君の強み。特に文句はないんだけど、自分を卑下する癖は君の良さを半減させるよ。慇懃無礼に見えるときがある」と言われ、ちょっと一人でじっくり考えてみたくなって、エモくなってました。上手に生きていくのってマジムズい。

2022年はこんな年にしたい、なんて言うつもりはないけど、忖度なく自分らしく、僅かな自分の感覚にも手を差し伸べられるように、少しだけ我儘に生きてみようと思います。

31歳になってちょっと成長して、一時的な感情に流されるばかりではなく、少し未来を見据えて総合的に考えられるようになってきたので、その自分の感覚をまず信じてあげつつ、新しい意見はたくさん吸収しながら、楽しく生きていきたいです。

自分をつまらないって思ったら、終わりだね。
ゆけ、俺色の俺!

(※家に三菱の鉛筆が無かったので、写真はTombowの鉛筆で代用しました)

よろしければ怠惰な僕にサポートのお恵みを…。あ、でもお金を簡単に与えたらもっと怠惰になっちゃうから、ダメか(笑)