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興味を持つっていうことは
こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。
「どうしてこうなっているんだろう?」
今の自分には意味も理由もわからないモノについてこんなことをよく考えます。
例えば、この休日に子どもからのリクエストで、埼玉県行田市にある『さきたま古墳群』に行った時にも、大きな古墳を目の前にしたり自分の足で古墳の上まで登ったりした時に「どうしてこんな大きな物を作ったんだろう?」なんてことを考えました。
もちろん、どれだけ考えてみても僕にはその意味も理由も全くわからないので、それについて研究をしてきた方々によるであろう解説を読むことで「なるほどね」と、自分の中の疑問に納得感を得ようとします。
これまでの人生で古墳に興味を持ったことが無かったので、子どものリクエストが無ければ自分から能動的に「古墳を見に行く」という行動をすることは恐らく一生無いままだったんだろうな、ということに“行ってみた”から気が付くことができました。
そんなことに気が付くと「どうして古墳に興味を持つことが無かったんだろう?」なんてことも考えてみたりすることになりました。
そうすると、一つの答えのようなモノが見えてくるような気がします。
同じように、自分には意味も理由もわからないモノについて「どうしてこうなっているんだろう?」と疑問を持つことが、仕事の中でもよくあります。
そういう時には“当事者”からなるべくたくさん話を聞かせてもらうことにしています。疑問に思ったことをそのまま質問させてもらいながら。
そうすると、「“当事者”だからわかること」と「“当事者”でもわからないこと」があるということが見えてきます。
古墳のように歴史という膨大な時間が流れて“当事者”不在の状況の中で“その当時の事実”について考えるのであれば基本的にはどんなことであっても「恐らくそうだろう」とか「そうであった可能性が極めて高い」ということしか言えませんし、だからこそ歴史にロマンを感じるのかもしれません。
でも、「今まさに自分が仕事をしている」という状況の中でも、当然ながら「わかること」と「わからないこと」があるわけです。
「わかること」であれば必要な成果に繋がる「役に立つこと」をすることはそこまで難しくないはずです。
でも、「わからないこと」について「役に立つこと」をしようとするのはとっても難しいんじゃないかと思っています。
であれば、「わからないこと」を減らして「わかること」を増やすために「どうして?なぜ?」という“問い”を持って、それについて一緒に働く人達と“考える”をすることで必要な成果に繋がる可能性を高めることができるんじゃないかと思っています。
そもそも、仕事の中で出くわす「わからない」について、例えば組織の中のどの階層の誰に聞いても「わからない」ということも往々にしてあるだろうと思っていますし、何よりも“仕事”は“過去の歴史”ではなくて、これからの“未来”を作っていくコトなので「わからない」ことが必ず出てくるからこそ誰かと一緒に“考える”が必要なんじゃないかと思っています。
その最初のきっかけはいつも「わからない」から始まっている気がしています。
その「わからない」をハッキリ自覚して「わかったつもり」にならずに、「どうして?なぜ?」を言葉にして考えてみるところから“なにか”に繋がっていくような気がしています。
今まで興味を持つことが無かった古墳に人生で初めて登ったり中に入ってみたりして、「何となく知っていた気になっていたけどマジで何一つ知らなかったなぁ」と自覚したことで少しだけ古墳や古代の歴史に興味が湧いてきて、次はいつ行こうか画策しつつ、「次回は『はにわ作り体験』もしてみたいなぁ」なんて別の興味も湧いてきているところです。
あかね
株式会社プロタゴワークス
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