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頑張りを測るためにはどうしましょう

こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。

「ここのところずっと頑張ってるんですよ」

そんな話をしてくれたのは、仲良くしてもらっているとある若手経営者の方でした。

顔を合わせてじっくり話を聴かせてもらうのは随分と久しぶりでしたが、「頑張ってる」という話を色々と聞いてみると確かに数か月前とは段違いに「頑張っているんだなぁ」と感じるような話ばかりでした。

とは言え、その方が「頑張っている話」として聞かせてくれた内容については「それって経営者であれば当然にやるべきことなのでは?」と感じるような内容だったりしたんですが、“頑張ってる自己申告”の内容よりも、「頑張り始める前と今とで何か変えたことや工夫したことはありますか?」という質問に対して「そう言えば~」と話をしてくれたことの数々について「頑張っているんだなぁ」と感じることがたくさんありました。

その方が話してくれた内容を振り返ってみると「頑張る」ということについての認識が「大変だったと感じたかどうか」というような尺度で測られているのかもしれないということに気が付きました。

そこにはきっと本人が「苦手と感じているのか得意と感じているか」も大きく左右してくるんだろうというのが見えてきます。

そうやってその方の採用している“頑張りの尺度”というものが見えてくると「頑張ったかどうか」を自己判断する際に、「苦手なことを大変だと感じながら取り組んだ=頑張った」という“成果”とはまた別の尺度を用いているということも見えてきました。

逆に言うと「成果は出ているのに苦労をあまり感じずに出来たこと」については「頑張った」という自己評価をすることはしないということも見えてきました。

だけど、自分が経営する会社の“仕事”について「自分は頑張ったんだ」ということを考える時に、「どんな“成果”に繋がったのか?」ということを考えないと途轍もなく“もったいないこと”になってしまうだろうと思っています。

なぜなら、「どんな“成果”に繋がったのか?」を考えなければ、ドラッカーの言う“予期せぬ成功”というモノを認識することが出来なくなってしまうので、“予期せぬ成功”に繋がった“自社の強み”というモノも認識することが出来なくなってしまって、自分では気付きづらい“自社の強み”を抽出して再現することができなくなってしまうわけです。

何しろ“予期せぬ成功”は、そもそも「狙って出すことができた成果ではない」わけです。

だからこそその“予期せぬ成功”について正しく認識して分析することで「それが本当に単なる偶然によってもたらされた成功なのか、それとも自分の気付いていない“強み”が発揮されたことで起きた成功なのか?」ということを考えることができるわけです。

そしてこれは、自分の周囲に常にフィードバックをくれる相手が存在していない環境なのであれば絶対に必要だし重要な考え方だろうと思っています。

だからこそ「苦手なことを大変だと感じながら取り組んだ=頑張った」なんていう尺度を自分自身には当てはめずに、「“成果”に繋がった行動ができたかどうか」について振り返って、“成果”を出すためにどんなことを工夫してどんなことを改善してどんな過程を経たことで、どんな“成果”を手にできたのかということを「頑張ったこと」として自分で自分を評価してあげて欲しいなと思うんです。

もちろん言うまでも無いことですが、そのためにはそもそも“成果の定義”をしておくことが前提になってきます。

だからこそ、その方に数か月前にも何度かしたような定番の“問いかけ”をまたもやさせてもらう機会にもなりました。

「そもそも〇〇って何のことですか?」

そんな“そもそも”から考えて“成果の定義”を確認して“予期せぬ成功”を振り返ってもらってあらためて“頑張り”について考えてみてもらったりしたことで、その方の「本当の頑張り」についての話を聴かせてもらえて僕としてはとても楽しい時間になりました。

だけど、楽しんでいた僕とは対照的になぜかその方は「う~ん…」と唸りながら眉間に皺を寄せながら苦い顔をしながら考え込んでいた時間がたくさんあったので楽しかったのかどうかは不明ですので、もしかしたら次に会って話をするのは数か月~1年後くらいになるのかもしれません。

一応「また来月にでも“頑張った話”を聴かせてくださいね」とは言っておきましたが、その機会が再び訪れるのかどうかは今のところ全くわかりませんが楽しみにして待ってみようかと思います。



あかね

株式会社プロタゴワークス

https://www.protagoworks.com/

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