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OECDの「エージェンシー」は日本の教育にどのような示唆を与えるのか?

 今日、「エージェンシー」という言葉が、教育界でよく言われるようになった。「エージェンシー」概念を提唱したのはOECDである。OECDは、PISAを実施しており、言うまでもなく影響力の強い国際機関であるので、「エージェンシー」概念も必然的に日本に入ってきた。では、「エージェンシー」とはどのような意味だろうか。

 「生徒が自分の人生や周りの世界に対してポジティブな影響を与えうる能力と意志を持っているという原則にもとづいています。その上で生徒エージェンシーとは、変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力として定義づけられます。つまり働きかけられるというよりも自らが働きかけることであり、型にはめ込まれるというよりも自ら型を作ることであり、また他人の判断や選択に左右されるというよりも責任を持った判断や選択を行うことを指しています。」(秋田喜代美ほか訳「2030年に向けた生徒エージェンシー」2020年、p.3)

 つまり、自分や周囲にポジティブな影響を与え、変革を起こすために、目標、振り返りを経て、責任ある行動をとる能力を意味する。「自ら型をつくる」という点は、生徒の多様性を前提としている。実際、「生徒エージェンシーの概念は文化に応じて多様であり、また生涯にわたって発達していきます」(同上文献、p.3)という記述がある。日本の教育では、周囲にポジティブな影響を与えることや変革を起こすことはあまり明確になっていなかった。したがって、これらの点について、エージェンシー概念は示唆的である。なお、責任ある行動という説明があるが、自己責任論ではなく、道徳に裏付けられた自立した行動という意味であろう。

 このようなエージェンシーを育成するために、強調されているのが、共同エージェンシーである。すなわち、「協働的なエージェンシー(Collaborative Agency)」としてしばしば言及される「共同エージェンシー(Co-Agency)」(同上文献、p.6)という表現がある。さらに、集団エージェンシーという概念があり、次のように説明されている。「集団エージェンシー(collective agency)とは、個々のエージェント(agent)が同じ共同体、運動、またはグローバル社会のために行動を取ることを意味しています。集団エージェンシーは共同エージェンシーと比べて規模が大きく、共通の責任、所属感、アイデンティティー、目的や成果を含みます。政府への不信感、移民の増加、気候変動などの複雑な課題は、集団での対応を要します。これらの課題は社会全体で取り組まなければなりません。」(同上文献、p.8)

 共同エージェンシーと集団エージェンシーの概念は興味深い。次のように、日本への示唆があるからである。

 第一に、共同エージェンシーはこれまでも日本の教育で重視されてきた。日本の教育の長所だと言えよう。むしろ、欧米の教育がより取り組む必要があるがゆえに、共同という概念が表に出てきている。しかし、日本の教育に問題がないわけではない。共同の質、内実が問題である。日本的集団主義のため「出る杭は打たれる」のようになっては、負の作用が起こり、共同エージェンシーの理念からは遠ざかってしまう。

 第二に、集団エージェンシーのような概念は、日本の教育では、一部の教師は熱心に指導しているが、残念ながら、学校全体あるいは教育界全体にあまり広がっていない。この点をどうとらえるか。集団エージェンシー概念は、民主主義社会の形成とつながっている。したがって、「集団エージェンシー概念を契機に、私たちが民主主義社会をどうとらえるのか」という問いを日本に投げかけている。

 第三に、共同エージェンシーと集団エージェンシーの理念に学ぶのなら、学校運営協議会への生徒の参加を法制化すべきである。例えば、オーストラリアでは、日本の学校運営協議会に相当するSchool Councilへの生徒参加は1980年代から法制化されている。

 最後に、文献から下記の個所を引用しておく。「生徒エージェンシーを奨励するシステムでは、学習は、指導や評価だけではなく共に構築する営みであるという考え方が含まれます。そのようなシステムでは、教師と生徒が互いに教えと学びの過程の共同制作者になるのです。そうすることで、生徒は自らの教育の中で目的意識を身につけ、学びのオーナーシップを得るようになります。」ここから、エージェンシーが「学びのオーナーシップ」と密接に関連していることが分かる。「学びのオーナーシップ」はエージェンシー概念の核心の一つであり、日本の教育に示唆的であると言えよう。なぜなら、「学びのオーナーシップ」は明確に生徒の主体性やイニシアティブを志向しており、とかく教師主導になりがちな教育界の人々に再考を促す概念だからである。

<文献>

秋田喜代美ほか訳「2030年に向けた生徒エージェンシー」(Student Agency for 2030 仮訳)2020年。

https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/student-agency/OECD_STUDENT_AGENCY_FOR_2030_Concept_note_Japanese.pdf

Copyright Dr Hiroshi Sato 2022

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